三遊亭ごはんつぶ独演会「依存症」「スクキャット」、そして真山隼人ツキイチ独演会「相馬大作誠忠禄」

三遊亭ごはんつぶ独演会に行きました。「開帳の雪隠」「依存症」「留守番小坊主」「スクキャット」の四席。

「依存症」。寄席芸人の性を題材にしているところが面白い。ついついしてしまう“客いじり”。自分が笑いを取りにいっているのに、客席の反応が薄いと「きょうのお客様は中の上」と言ってしまう。自分が蕎麦を手繰っている仕草をしているのに、拍手がこないと拍手の強要をしてしまう。そういった行為を汚い笑いと書いて、汚笑(おわらい)と呼び、そこに依存してしまう病気にかかった芸人の社会復帰を目指そうという講習会が舞台だ。

その克服のためには小咄が一番良いという。「鳩が何か落としたよ。フーン」のような小咄では寄席に慣れたお客様は笑わないが、地方の老人会などで披露すると素直に笑ってくれる。その純粋無垢な笑い、ひねりのない笑い、これでいいんだ。汚笑に汚染されている芸人が依存症を克服するにはこの原点に立ち返ることが一番効果的だと説く。さあ、皆でやってみましょう!お坊さんが通ったよ、ソウソウ!隣の空き地に囲いができた、ヘェー!落語家三遊亭ごはんつぶが客席に小咄を一緒に斉唱させるという…。これぞ、典型的な客いじり!という皮肉な笑いがとても良かった。

「スクキャット」。ヤマダさんは地域ネコに餌を与え、クロちゃんと名付けて可愛がっているうちに、そのネコがスクワットをするようになった。面白いので、その様子を動画に撮ってネットにあげると、人気を呼び、メディアの取材が殺到した。テレビの「本日のネコ」のコーナーで紹介された。実は同じようにサトウさんもこのネコに餌を与え、ノリマキと名付けて可愛がっていたことが判明。餌の食べ過ぎを解消しようと、このネコはカロリー燃焼のためにスクワットをしているのだと思ったが…。

このネコの足跡を辿ったら、元々の飼い主が飽きてしまって、このネコを捨てていたことが判った。ネコはその飼い主に復讐しようと体を鍛えるためにスクワットをしていたという…。起承転結がきちんと構成されている新作落語の手本のような高座に感心した。

真山隼人ツキイチ独演会に行きました。「相馬大作誠忠禄」より「別当秀吉」「神宮川」「手紙読み」の三席。エッセイ浪曲は「ゲッターズ飯田」だった。

「別当秀吉」。江戸幕府は将軍吉宗のときに、西の丸御殿を再建するため、南部藩に所有する檜山の上等なヒノキを千本供出してくれないかと依頼する。対応した城代家老は謙遜のつもりで「そのような上等な檜山ではない」と答えると、幕府の役人は檜山は隣の津軽藩のものかと思い込み、津軽藩に頼みに行く。津軽藩では、ちゃっかり「あの檜山は我々のもの」と横領してしまう。その上、幕府から賜った褒美金百両で江戸屋敷を改修し、塩原多助と並ぶ本所の名物となった。

このことに怒りを覚えたのが、南部藩の大目付・尾崎富右衛門の一子、秀之助だ。秀之助は渡別当の秀吉に身をやつし、下総屋善兵衛に働き口を求めた。その際、「無類の馬好きの大名のところが良い」と希望したため、まんまと津軽藩を紹介してもらうことができた。そして、別当頭の定五郎に馬を見せてもらったときに、「これが馬か。猫かと思った」と挑発し、津軽藩一の暴れ馬を手なずけ、馬廻り役の田中藤十郎に気に入られ、見事に潜入に成功。そして、見事に初代の殿様を討ち取る。

「神宮寺川」。秀吉は奥州浪人・相馬大作と名前を変え、津軽藩の動向を探る。二代目の殿様が領内の神宮寺川を船で渡るとう情報を得ると、御座船の船頭の親方に金毘羅参りの浪人として接近する。自分は良い声で追分を歌うことができるから、10人いる船頭のうちの一人と交替すれば、殿様から褒美が貰えると仕掛ける。

儲け話に乗った船頭の竹やんが癪を起した芝居をして、「甥っ子」の松公実は大作が代役となる。いざ船が出ると、追分を歌うどころか、他の船頭衆を次々と川へ突き落とし、殿様の警護をしている家来16人も斬り倒し、二代目の殿様の命を頂戴した。そして、大作は川へ飛び込んで逃げ切った。

「手紙読み」。相馬大作は子分の伊達の三次らを引き連れて、九十九里浜へ。ここで、大作はここから江戸までは一人で行くからと言って、三次に手紙を託し、南部藩にいる父親・富右衛門に届けてほしいと頼む。大目付を勤める富右衛門は「十数年音信不通だったので勘当した」と三次に言うが、どうしても手紙を読んでほしいと頼むので、読む。そこには檜山の騒動に仇を討つために、秀之助は相馬大作と名乗っているということが書いてあり、富右衛門は城を目指して駆け出す。

一方、江戸日本橋の処刑場では、秀之助が処刑されようとしていた。そこに南部藩の江戸詰め武士である関良助が助太刀に現れ、さらに秀之助に武術を伝授した師匠の平山孝蔵も登場。そして、見事に三代目津軽土佐守を討ち取ることに成功するという…。

随所に力技で展開する強引な部分が多々あり、元は講談だったが読む人もいなくなったのもよく分かる。浪曲として生き残ったが、今では全15作中、「神宮寺川」くらいしか演り手がいないというのも理解できる。でも、これが隼人さんの手にかかると、自身のキャラクターも相まって、漫画チックな浪花節として面白い!と思った。