【アナザーストーリーズ】『北斗の拳』誕生~舞台裏のもう一つの“格闘”~

NHK―BSで「アナザーストーリーズ 『北斗の拳』誕生~舞台裏のもう一つの“格闘”~」を観ました。

格闘漫画の金字塔ともいえる「北斗の拳」は漫画家・原哲夫、原作者・武論尊、そして編集者・堀江信彦が三位一体となった名作であり、とりわけ編集者の役割の大きさを思い知ることができた優れたドキュメンタリーだった。

原哲夫は昭和36年生まれ、勉強も運動も苦手だったが、赤塚不二夫のギャグ漫画に影響を受け、絵が上手い少年だった。だが、物語を作るのが苦手で、高校を卒業したら、イラストか漫画で生計を立てたいと考え、少年ジャンプ編集部に飛び込み、漫画家のアシスタントの仕事を求めた。当時、少年ジャンプは新人の発掘に力を入れ、「Dr.スランプ」「キン肉マン」「すすめ!!パイレーツ」「こちら葛飾区亀有公園前派出所」などの人気作品を輩出していた。

編集者の堀江信彦は原の描きこみの多い絵を見て、「漫画にはなっていない。だが、絵の上手さはすごい。この才能を育てれば、新しい漫画が作れる」と感じ、二人三脚がはじまった。1982年に読み切り漫画「マッドファイター」、「クラッシュヒーロー」などを描き、「スーパーチャレンジャー」はフレッシュジャンプ賞を受賞した。

原は映画スターのブルース・リーと松田優作に憧れを抱き、この2つの要素を取り入れた主人公で中国拳法をテーマにした漫画を描きたいと思っていた。しかし、堀江はモトクロスを題材にした漫画を「絶対、ヒットする」と提案し、原はこれを受け入れ、初の連載漫画「鉄のドンキホーテ」を描く。だが、人気が出ず、連載は10回で打ち切りとなった。

原は「自分の面白いと思うことしか描きたくない」と思う。しかし、中国拳法の漫画なのに、人気を左右する必殺技が思いつかない。そんなとき、堀江は神田の古本屋で中国の医学生がツボについて書かれた本を手に取っているのを見かける。経絡秘孔。これをヒントにしたらどうかと提案し、83年4月に月刊フレッシュジャンプで「北斗の拳」の読み切りを掲載した。高校生の霞三四郎が北斗神拳という必殺技で敵を倒す。三四郎は姿三四郎からイメージした。「あんた、もう死んでいる」という台詞がこのとき既に生まれている。読者の人気アンケートでは1位を獲得した。

83年9月13日、週刊少年ジャンプで「北斗の拳」の連載がスタート。原作者は別に頼み、原には絵作りに専念してもらった。近未来を彷徨う一人の男の物語。次々と登場する強大な敵を寡黙なケンシロウが北斗神拳で倒していく壮大なストーリーは、迫力満点の絵と相まって読者の心を鷲掴みにした。毎週20ページを圧倒的熱量で描く原に対し、堀江は厳しく接し、読者アンケート1位を獲得しても、そのことを原には伝えなかった。

男たちの格闘シーンでの「あべし!」「たわば!」「ひでぶっ!」といった断末魔の叫びは原の発想。そこには原が幼年時代に憧れた赤塚不二夫の「レレレのレ」「ケムンパス」「シェー」に通じるものがあった。「北斗の拳」の人気で少年ジャンプは発行部数を100万部以上伸ばした。

一方、原作者の武論尊は「愛ゆえに人は苦しまなければならぬ」、「哀しみを知らぬ男に勝利はないのだ」といった名台詞で読者の心を揺さぶった。だが、原と武論尊は連載期間中、一切会話したことがない。間に入ったのは編集者の堀江信彦だった。原作を頼むとき、武論尊は一つ条件を出した。「高校生の現代劇では駄目だ。映画マッドマックスのような近未来で拳法の達人を主人公にする」。

武論尊は6人兄弟の末っ子として生まれ、航空自衛隊に入隊した。そのときに出会ったのが本宮ひろしだった。「男一匹ガキ大将」「俺の空」「サラリーマン金太郎」などを世に出したヒットメーカーだ。武論尊は7年間務めた自衛隊を1970年に退職し、本宮を頼った。だが、絵が苦手で、アシスタントが務まらない。

そんなとき、漫画原作者の仕事を紹介され、意外な才能を発揮した。72年「五郎くん登場」でデビューすると評判を得て、28歳のとき「ドーベルマン刑事」で人気漫画原作者となる。さらに次のステップを模索しているときに出会ったのが「北斗の拳」だった。原の第1作の原稿を見て、衝撃を受けた。「やられた!こんな絵を描くんだ!俺のイメージを超えてきた。俺が書いたものよりも、もの凄い映像が出てきた。負けたくない」。原の絵に負けない物語を作ろうと思ったという。

第2話。荒野で一人の老人と出会う。大切そうに持っていた種モミ。荒れ果てた世界に緑を取り戻すかすかな光。ケンシロウは「久しぶりに人間に会った気がする」。だが、老人は略奪者により殺されてしまう。ケンシロウの怒りが爆発し、北斗神拳で老人の仇を討つ。そして、老人の墓に種モミを手向け、未来への希望を感じさせる。

この人間の情に訴える漫画はきっと天下を取ると編集部は確信したという。だが、最初の原作には「種モミ」の要素がなかった。堀江が第一稿を見て、「もっと人の心を打つものにしてほしい」とダメ出しをしたのだった。その結果、第2話は大評判となり、原、武論尊、堀江の三人の信頼関係は強固なものとなり、漫画の方向性も定まった。

ケンシロウの胸には7つの傷がある。第8話でそれを伏線にした物語を思いつく。その傷は最愛の女性を奪われたときのもので、主人公が旅を続ける目的が明確になった。堀江は言う。「先を決めない。読者の反応を見ながら作っていく。そのアドリブ性が傑作を生む秘訣であり、連載の楽しさだ」。

ケンシロウには三人の兄がいる。三男のジャギはずる賢く、人の醜さを表している。次男のトキは北斗神拳で治療をする医者で、人間の優しさを表現している。そして、長男のラオウは強大な力を持ち、弱肉強食の象徴だ。武論尊はポルポト政権が崩壊したカンボジアを訪ねたとき、沢山の人間の骸骨を見たという。その経験が、登場人物に反映し、台詞に深みを増している。

「今より輝こうとする子供たちの光を奪い去ることは許さん!」。「おまえのためだけに死ぬ男がひとりぐらいいてもいい」。そこには自分が信じる何かと闘い、懸命に生きる人たちがいた。

ケンシロウとラオウとの最大の決戦で、ラオウが「わが生涯に一片の悔いなし!」と言って散っていくシーンは武論尊が自分自身に向けた最終的なメッセージだった。そして、「北斗の拳」は伝説となった。88年に連載終了。堀江はその後、週刊少年ジャンプの編集長となり、653万部という歴代最高の発行部数を記録した。格闘漫画の金字塔の誕生ドラマに胸が熱くなった。