春風亭一花真打昇進披露興行「粗忽の釘」「紺屋高尾」

上野鈴本演芸場の春風亭一花真打昇進披露興行初日に行きました。台風25号接近による大雨が懸念される中、昼席を休席にして、夜席の開場時間を早めて(正式告知は13時だったが、実際には正午少し前に開場)、お客さんには会場内で席に座って待機してもらおうという配慮が施された。興行の大初日を無事に迎えたいという関係者一同の熱い思いが伝わってきた。
江戸曲独楽 三増紋之助/「ざるや」吉原あさひ/「ぞろぞろ」林家たい平/漫才 すず風にゃん子・金魚/「化け物使い」橘家圓太郎/「新聞記事」林家正蔵/ものまね 江戸家猫八/「目黒のさんま」春風亭一朝/中入り/口上/浮世節 立花家橘之助/「延陽伯」桂九ノ一/「たけのこ」柳家三三/紙切り 林家楽一/「粗忽の釘」春風亭一花
口上の司会は三三師匠。NHK新人落語大賞3年連続決勝進出、そして去年大賞受賞。お客様も近年稀に見る盛り上がり方で、この大初日のチケットを取るのに血眼になっていた、と持ち上げた上で「なのに、この天気…」。落語協会と鈴本は何とか開催したいと知恵を絞った。私は正午に鈴本に来たのですが、そのときにはお客様は客席に既に座っていた。「最前列の方は何時に並んだのですか?」と言って、この加熱ぶりについて「お客様は一花に期待をしている。あなたは世間の人たちに足を向けて寝られないよ」。一花の芸は上手いだけでなく、人柄が滲み出ていることを賞賛していた。
圓太郎師匠。芸の上では従兄弟にあたり、稽古を何度もつけてあげた。女性としての色気が出過ぎず、かと言って男っぽいというわけではない程の良さ。江戸弁の歯切れが良く、尚且つ品がある。「噺家としていいな」と思う、と。ここで一句。花一輪、高座に添えて秋の雨。
たい平師匠。初対面で「素朴な少女」と思い、どこの生まれか訊いたら、「東京です」という答えが返ってきて、謝りました。そのとき、長靴を履いていて、それが栃木のコメ兵で買ったような薄紫色で、カーネーション栽培の園芸農家の娘のように思えた。一花という大輪の花がどのような花になるのか、楽しみにしてください。花は一人で咲くのではなく、肥料や陽の光を栄養にして育つもの。その肥料や陽の光はお客様です。お客様の応援を願った。
正蔵師匠。落語研究会の楽屋で雲助師匠と御一緒したとき、ちょうどモニターに桂二葉が「くしゃみ講釈」を演じているのが映っていた。雲助師匠が徐に「一花は今度一人で真打だよな」と言った後、「落語の神様に見初められたね」と続けた。そして、「江戸では一に花が咲いて、上方では二に葉が繁ったんだ」。また一人、後輩の手本になる真打が誕生しました。また一つ増えて嬉しい寄席行燈と締めた。
一朝師匠。最近は女性が増えたが、ひと昔前までは男の世界。一花が入門志願に来たとき、断るつもりだった。パワハラ、セクハラが当たり前。苦労するのは目に見えている。それでも噺家になりたいなら、他の師匠を紹介するよと言うと、あ「いえ、私は師匠でなければダメなんです」。ここまで言われて、断るのは男じゃないと思った。こうやって一人で真打になるなんて、誰が考えたでしょうか。本人の努力、精進の賜物です。彼女の噺は女性を感じさせない、男を演じて違和感がない、爽やかな色気みたいなものがある。親しみやすい高座に魅力がある。だから、これからも芸を磨いて、誰からも愛される噺家になってほしいと願った。
一花師匠の「粗忽の釘」。大工の八五郎が風呂敷に箪笥、火鉢、針箱、おまる、大神宮様のお札を包んで持ち上げようとして、持ち上がらないところ、女房が「ハウルの動く城みたいになっている」と言うのが可笑しい。「豆腐屋の横丁」をキーワードに引越し先を目指した八五郎だが、豆腐屋があると横丁がなく、横丁があると豆腐屋がなく、上野周辺をグルグル廻っていたら、「避難所に着いちゃった」。避難所とは、この鈴本の客席を差している。12時から皆がずっと17時開演を待っている様子はまさに「避難所」だった(笑)。
隣に八寸の瓦釘を打ち込んでしまった八五郎は間違えてお向こうの家に謝りに行ってしまい、女房が「落ち着きなさい。落ち着けば一人前なんだから」と言って、煙草入れを八五郎に渡す場面。煙草入れに見立てる手拭いを一花師匠が懐から出そうとしたら、手拭いがない!どうやら手拭いを持たずに高座に上がったようだ。焦っていると、袖から手拭いが投げ込まれた!楽屋のファインプレー!一花師匠、奇跡のリアル「粗忽の釘」である。
一門の大切にしている噺、見せ場は八五郎が「落ち着かせてください」と隣の家を訪ね、煙草を吸って、本当に落ち着いちゃって、初対面の人を相手に夫婦の馴れ初めや所帯持ち立ての頃の行水の思い出を喋るところだ。夫婦で裸になり、盥の上で背中合わせになって、フェーフェーとシャボンを擦り合わせる。で、立ち上がったら、底が抜けてしまって、近所のガキに見られて、大事なところを隠しながら、エッサエッサと家に戻っていく…。未だに夫婦の笑いの種です!一花師匠が間抜けな様を実に面白く表現しているのが良かった。
釘を打ち抜いたところ、「ここですよ!蜘蛛の巣のあたり。指、差しているのが、わからないのか!」と言う八五郎に、隣人が「奇跡の人だ」と呆れて呟く。さらに、隣家の仏壇の阿弥陀様の喉首から釘が出ているのを見て、「あそこから、ここに抜けますか」と言う八五郎に、「トンネル工事じゃない!」。愉しい高座だった。
上野鈴本演芸場の春風亭一花真打昇進披露興行二日目に行きました。
江戸曲独楽 三増紋之助/「松竹梅」三遊亭仁之吉/「熱血!怪談部」林家彦いち/漫才 すず風にゃん子・金魚/「浮世床~本」橘家圓太郎/「おすわどん」林家正蔵/ものまね 江戸家猫八/「湯屋番」春風亭一朝/中入り/口上/浮世節 立花家橘之助/「ちりとてちん」桂吉弥/「粗忽の釘」春風亭一之輔/紙切り 林家楽一/「紺屋高尾」春風亭一花
口上の一之輔師匠。一花が入門したばかりのとき、自分の落語会にお客として来て、終演後に「妹弟子になりました。服部と申します」と挨拶に来た。そのときに「これからも頑張ってください」と言われた。あれは何だったのか、と。上にも下にも気遣いができて、芸もちゃんとしている。何も言うことはない。男も女もない世界、頑張ってほしいとエールを送った。
圓太郎師匠。自分も披露目をしたが、どんなネタを演ったかとか、誰が口上に並んでくれたかとか、全く覚えていない。ただ、お客様の熱い眼差しと拍手はよく覚えている、と。一花の落語は男とか、女とか、そういうことを感じさせない。噺に集中させてくれる。そういう良さがあると高く評価した。
正蔵師匠。一花の落語は気持ち良い。それは歯切れの良さに加えて、持って生まれた品の良い声によるものではないか。台東区在住なのに、千代田区立和泉小学校に通い、中高は香蘭女学校という深窓の令嬢ゆえだろうか。だけど、雰囲気は定食屋のおばちゃん。キノコの山みたいな髪型も親しみが持てる。うちのかみさんは一花が挨拶に来たときに「あの娘はいいね。売れるよ」と言った。普段つる子を褒めないかみさんが…。女性の噺家が増える中、後輩の道標になってほしいと期待した。
一朝師匠。気が利いて、素直で、明るい。でも、抜けているところもあるんです。楽屋で足袋を忘れた噺家が誰かから借りようと思って、皆に足のサイズを訊いていた。一花に「君、いくつ?」と訊くと、一花は「28です」。年齢を答えたという(笑)。彼女は女性客から評判が良い。私は何もしていない。彼女が一人で切り拓いた。これからも精進を重ね、皆に愛される噺家になってほしいと願った。
一花師匠の「紺屋高尾」。久蔵が三浦屋の高尾太夫に恋煩いと知って、親方の六兵衛は大切な職人を駄目にしたくない一心から、嘘をついた。「十五両貯めれば会える。一年五両で三年、死ぬ気になって働け」。久蔵は働きに働き、十八両二分貯めた。久蔵のためを思って「もう少しで二十両になる。頑張って、上総湊の母親に孝行しなさい」と言う。だが、久蔵は高尾に会いたいと思い続けていた。親方は観念し、薮井竹庵に仲介を依頼する。
これは高尾に本当のことを打ち明けるときに判ることだが、久蔵も所詮身分違いの恋であり、会えないことを薄々勘付いていた。親方が自分の子どものように可愛いから嘘をついたのだということを。だから、一生懸命に働き詰めに働けば、高尾のことなど忘れられると思って、働いた。忘れなくちゃいけない、と。でも、忘れられなかった。そこに久蔵の純愛を感じる。
偶然にも高尾の身が空いていて、久蔵は「野田の醤油問屋の若旦那」ということで会うことができ、その朴訥としたところがかえって気に入られ、一人前の男にしてくれたというのも、神様の思し召しだろう。
そして、朝がやって来る。「お裏はいつざますか」という高尾の問いに対し、久蔵は「三年経ったら」と正直に答えてしまうところ。一花師匠の表現力が素晴らしい。お金がありません。あっしは神田御玉ヶ池の紺屋六兵衛のところの職人で、久蔵と言います。三年前に花魁道中を見て、こんなに綺麗な人がいるんだ、きっといい人に違いない、この人と所帯を持ちたいと言って、仲間に何馬鹿なことを言っているんだ、お前なんかじゃ会えない花魁だと言われました。
でも、親方は「働け。金を貯めて、持っていけば会える」と言ってくれた。働いていれば忘れられると思ったけれど、忘れることができなかった。そして、今こうやって会うことができた。三年後にまた来ます。でも、花魁はどこかの大名かお大尽に身請けされてしまうだろう。最初で最後かもしれない。でも、同じ江戸の空の下で元気でいれば会えるかもしれない。そのときは、「久さん、元気?」と声を掛けてくれませんか。私は嘘をつきました。騙すようなことをして、すみませんでした。
この久蔵の正直が高尾の心を動かす。「本当ざますか」に、「見てください」と青く染まった手を見せ、「これが職人の手です」。すると、高尾はその手を握り、「わかりんした」。来年三月十五日、あちきは年季が明けるざます。そのときには主の女房はんにしてくんなますか。主の女房はんになりとうざます。主の正直に惚れんした。
一花師匠は時折可笑しみのあるクスグリを挟みながら、全体のトーンを過度に湿っぽくせず、だけれども心に滲みる純愛物語として描いてみせた。見事な手腕であった。

