四季の五郎 雷門五郎「団子坂奇談」、そして深夜寄席スペシャルプレ公演 春風亭一花「不動坊」

「四季の五郎~雷門五郎独演会」に行きました。「辰巳の辻占」「団子坂奇談」「不動坊」の三席。

「団子坂奇談」が丁寧な噺運びで、端正な五郎師匠らしさが出ていて良かった。主人公の居駒弥太郎が団子坂の桜を見に行った帰りに立ち寄った蕎麦屋「おかめや」の看板娘・おきぬに一目惚れし、妻にしたいと考える。だが、親方と一人娘の二人で切り盛りしている店ゆえ、断られる。そこで、弥太郎はおかめやで蕎麦屋の修業をして、婿に入りたいという熱愛ぶり。修行にも身が入っていたが…。この前提をしっかり描かないと、この噺の面白みが半減するが、五郎師匠はきっちり描いていた。

そして、おきぬが夜中に家を抜け出して谷中の墓場に行く件。弥太郎が不審に思い、「どこかの男に会いに行くのでは」と悋気も手伝い、跡を追う。一回目は三崎坂で見失い、翌日、翌々日こそと身構えるが、おきぬは外出しなかった。そして、梅雨を迎えた蒸し暑い日に、再度おきぬが夜中に抜け出すところを発見し、見つからないように下駄ではなく草履を履いて跡を追う…。ここまでの細かい経緯を時間の関係か、省いてしまい、いきなり一回目で弥太郎がおきぬが墓場で赤ん坊の死骸を抱えて腕を齧っている現場を目撃する演じ方をする噺家がいるが、これではこの噺の妙味を損なってしまう。その点、きょうの五郎師匠は良かった。

この噺はいわゆる怪談ではない。美しい娘が赤ん坊の腕を齧っているおぞましさと、弥太郎が月々親から仕送りしてもらって修業をしているという「親の脛を齧っている」という拍子抜けするサゲとのギャップを楽しむ噺だ。

その点、五郎師匠の演出は優れている。おきぬが墓場から帰って来たときに、「弥太郎さんには見られたくなかった。決してこのことは口外しないように」と告げるところ。弥太郎が「こんな恐ろしい女と一緒になれない」と、親方に意を決して暇を申し出るところ。ここでしっかり盛り上げておいて、親方の「おきぬが赤ん坊の腕を齧っていることなんてどうということはない。お前なんか、親の脛を齧っているじゃねえか」でストンと落とす。噺の肝である、その鮮やかさが五郎師匠は実に見事であった。

池袋演芸場の深夜寄席スペシャルプレ公演に行きました。「池袋の深夜寄席」は小朝師匠によれば自分の前座時代に遡るそうだ。およそ50年ぶり。今後は毎月第二土曜日に開催される。

挨拶 小痴楽・桃花/「小野小町」蝶花楼桃花/「一目上がり」柳亭小痴楽/「不動坊」春風亭一花

真打披露までカウントダウンの一花さんは「不動坊」。こういう江戸っ子のわいわいがやがやの噺がよく似合っている。前半の「おたきさんが自分の女房になること」で浮足立つ吉兵衛の愉しさ。三年前におたきさんが越して来たときに、自分の頭がおたきさんでいっぱいになり、「おたきさんは自分の女房で、今は不動坊に貸しているだけ」と思うようになった、返してください!と大家に訴えるところ。湯に行こうとして手拭いと鉄瓶を取り違えて持って来たことに気づいて出直したのはいいけれど、それが褌だったところ。湯船でおたきさんを思い浮かべて夫婦の会話を妄想し、「あっしが好きで嫁に来たんじゃないでしょう?借金があって仕方なく来たんでしょう?金が仇の世の中とは思いませんか」に、熱い涙を浮かべたおたきさんが「それでは私の心がうまりません!」。「おたき!」「あいよ!」を繰り返しながら、湯船にブクブク沈んでいくのが面白い。

後半の「みんな大好き、おたきさん」の鉄さん、万さん、徳さんの三人組が「不動坊の幽霊を出して、吉公が大家に泣きついて、なかったことにさせる」作戦自体が落語そのものだが、中でもちんどん屋の万さんの馬鹿だけど憎めないキャラクターが愛おしい。ちんどん屋の格好でやって来て、化粧までしていて、背中にビラまで貼って、「せっかくだから」。おまけにアルコールと餡子を間違えて買って来たのに、「みんなに美味しい餡子を食べてもらおうと、わざわざ隣町の菓子屋まで行ってきた」。

徳さんに「バカ!ドジ!間抜け!」と罵られると、「俺は悪いかもしれないけど、皆のためを思ったんだ!俺はバカだけど、夜中に他人の家の屋根に昇っているお前たちもバカじゃないのか!」と泣きじゃくる万さんに同情したくなる。徳さんも折れて、「お前もバカだが、俺もバカだ。皆、仲間だ」と言って、ウスドロなのに「思い切り叩け」と言ってしまい、屋根の上が大騒ぎになっていく様子がヒューマンドキュメントである。