談春塾 立川談春「札所の霊験」

「談春塾~立川談春独演会」に行きました。

初日 品川心中/札所の霊験(上)

二日目 札所の霊験(下)/厩火事

「札所の霊験」は三遊亭圓生師匠の「圓生百席」で聴いたのと、2011年に「月例三三独演」で柳家三三師匠の高座を聴いて以来である。三遊亭圓朝作品らしい、因果因縁がとても興味深い噺である。

越後高田藩の榊原家の下級武士、水司又市が江戸詰めになって、岡場所の根津の増田屋の御職の小増に一目惚れしたことが発端だ。若い衆の藤助の口車に乗せられて、振られても振られても通い続けるというのは、又市がそれだけ純情だったということだろう。

痺れを切らした又市が「不実だ。もう二度と来ない」と言うと、藤助が「小増は売れっ子。金で縛られてしまって、好きなところに行けない」と抗弁する。又市が「いくらなら、我が意に添うのか」と訊くと、「二十両」との答え。馬鹿正直な又市は刀を売って二十両を拵え、小増に渡すが…。結局のところ、欺かれてしまい、「二十両を返せ」と騒ぐ。田舎侍の野暮の極みであり、そういうところが嫌で小増が鼻にかけないのも知らずに。

小増の間夫は偶然にも又市と同じ高田藩の重役・中根善右衛門の倅の善之進であった。小増はそれをいいことに、「私を自由にする?お前がお金でどうこうできる女じゃないんだよ。田舎侍は大嫌いだ」。中根も又市に対し、このことが露見すると殿様をしくじるぞと脅す。又市はひれ伏すばかりだ。小増がさらに「お前さんは鏡を見たことがあるの?火吹き達磨のような顔して。女を口説く顔じゃない」と増長する。憤った又市が小増に飛び掛かろうとするので、中根は扇の要で又市の額を打ち据え、血が噴き出した。すごすごと帰るしかない又市だが、腹の中は煮えくり返っていたのだろう。

根津の七軒町の石切場で又市は待ち伏せをして、中根を斬り殺し、懐の金も奪って逐電してしまう。中根の死を知り、小増は泣き暮れる日々を過ごす。だが、ある日増田屋を訪れた藤屋七兵衛が中根そっくりということもあり、小増は七兵衛と深い仲になる。七兵衛が女房に先立たれたこともあって、小増を身請けして、後妻に迎える。お梅と名を改めたが、長男がお梅のことを誰に教えられたのか、「すべた女郎」と呼んで馬鹿にするので、お仕置きとしてつねることを繰り返していたら、先妻の母親がこんな女に孫は預けられないと引き取ってしまった。

その後、藤屋は直火を出して本郷から麻布に引っ越すが、そこでも火事に遭い、商売がうまくいかず、七兵衛とお梅は長女のおつぎを連れて、越中高岡に移り住むことにし、そこで荒物屋を開業した。だが、それだけでは利が薄く、お梅が縫い物、繕い物をして食いつないだ。中でも宗慈寺の住職の永禅が親切にしてくれて、何かと金を貸してくれ、かれこれ二十五両ほど溜まっている。

お梅は袷の着物が出来上がったので、届けに永禅を訪ねる。酒を飲んでいた永禅の酌をし、ご返杯と言われお梅も酒を飲む。七兵衛とともに、この高岡に来て3年、真面目に働いていると永禅は感心した上で、切り出す。「わしのことは忘れたじゃろう。覚えておらんじゃろう」。え?和尚は江戸においでだったのかとお梅が問うと、「お前は小増じゃろう…13年前に通っていた水司又市じゃ。わしは忘れぬ。二十両を渡したとき、私は金で自由になる女じゃない、田舎侍は嫌いだ、と言って叩き返された」。お梅が「そのことは勘弁してください」と言うが、永禅は「わしは忘れぬ」。額に傷跡が残り、悔しくて、恥辱を晴らそうと中根を斬り殺した。そして、伯父のいる越中のこの寺へ来て弟子にしてくれと頼んだ。無理やり弟子にしてもらい、つらい修業に耐え、4年後に伯父が亡くなって、自分が住職になった。以来、9年。やっと坊主らしくなったと思ったら、ひょっこりお前が目の前に現れた…。

永禅は本心を語る。ただひたすらに申し訳ないことをしたと暮らしてきた。だが、お前を見たときに、煩悩が湧きあがった。これでは出家が遂げられない。わしを迷わせるとは罪じゃないか。わしも四十を過ぎ、隠居して大黒(妾)を置いても、誰も文句は言わない。七兵衛さんさえ承知なら…とお梅に迫る。

お梅は「いけすかない坊主」と思っても、「助かることが大事」と考え、永禅を受け入れる。永禅は長年の思いを遂げることができた。永禅は優しくしてくれる。家に帰れば貧乏のやりくりでしかめっ面をしている七兵衛がいる。お梅は永禅に情を感じるようになる。繕い物が溜まっていることを理由に、何日も寺に泊まり続ける。

七兵衛が寺に乗り込む。永禅が特別に造らせた隠し部屋に置き炬燵にあたり、鍋をつついているお梅と永禅を見て、七兵衛は「つくづく貧乏は嫌だ。惚れた女房がこうも変わるのか」と思いつつ、「所帯が可愛くて機嫌を取っているのだろう」と自分に言い聞かせ、永禅に頼み事があって来たという。荒物屋だけでは食っていけないので、万助さんに話をつけてもらって、山中温泉や金沢でも小間物屋として商いに行けるようになった、商いの元として五十両を貸してほしい、と。

永禅は状況を察し、お梅に買い物に行ってほしいと頼む。そして、男同士ふたりになったところで、話をする。七兵衛は「お梅も昔は根津の廓に出ていた女。お好みでしたら、貸し切りにしてもいい」と言うと、永禅は「他人の女房を大黒にしたと変な噂が立つのは困る」と拒む。だが、それは表向きの顔だった。元一刀流免許皆伝の永禅は庭に出て、薪割りをはじめる。その鮮やかなこと。薪を割りながら言う。「わしとお梅さんの間に妙なことがあるような口ぶりだな。わしは疑われるようなことはしていない」。それに対し、七兵衛が「魚心あれば水心。俺の目は節穴じゃない」と言うと、永禅は「何もない!」と言いながら、斧で一太刀、七兵衛を殺してしまった。死骸は縁の下へ隠す。

そこへ娘のおつぎが訪ねて来たので、「見られた」と思った永禅はおつぎも殺そうとするが、寸でのところで逃げた。そこにお梅が買い物から帰り、事情を訊く。亭主を殺されたが、生きる道は永禅に従うしかない。これから永禅とお梅は逃亡の旅に出るが、永禅は別の女に手を出し、お梅を殺してしまう…。三遊亭圓朝作「札所の霊験」抜き読みでしたで終わった。

圓生師匠も、三三師匠もここで終わっている。この先が聴きたいという思いに駆られた。圓朝得意の因果因縁の物語、興味が尽きない。