さん喬・権太楼特選集 柳家権太楼「一人酒盛」「火焔太鼓」

上野鈴本演芸場八月中席夜の部六日目に行きました。今席は「吉例夏夜噺 さん喬・権太楼特選集」と題し、柳家さん喬師匠と柳家権太楼師匠が交互に主任を勤める恒例のお盆の特別興行だ。1999年にはじまったこの興行も、お二人の年齢を考慮したのだろう、今年でピリオドを打つことになった。権太楼師匠のネタ出しは②唐茄子屋政談④疝気の虫⑥一人酒盛⑧佃祭⑩火焔太鼓。きょうは「一人酒盛」だった。
奇術 ダーク広和/「スナックヒヤシンス」林家きく麿/「お菊の皿」入船亭扇遊/「鼓ヶ滝」林家正蔵/漫才 風藤松原/「綿医者」柳家喬太郎/「噺家の夢」春風亭一之輔/「面割狂言」露の新治/中入り/粋曲 柳家小菊/「幾代餅」柳家さん喬/紙切り 林家楽一/「一人酒盛」柳家権太楼
権太楼師匠の「一人酒盛」。この噺の肝は熊さんの身勝手と留さんのお人好しの対比の妙だろう。「顔を出してもらいたい」と熊さんの女房に言われて、仕事が忙しいのに留さんは「親父の代からの付き合いだから」と行こうとするのを、女房が「お前さんは嫌とはっきり言えないから」と止めるのだが、結局行ってしまう。これがそもそもの間違いのはじまりだ。
熊さんが言うに、昔世話をした上方の知人が手土産にと「京都の酒蔵にある酒の素の素のようなもの」を持って来た。なかなか手に入らない代物で、手元に一升あるが、もう一人大事な人にあげるので半分の五合を貰ったのだという。そういう酒だから、「気心の知れた人」で「酒の味のわかる人」と飲みたい。そこで頭に浮かんだのが留さんだ、と。そこまで言われると留さんも悪い気はしない。だが、この熊さんの甘い言葉が仇となるのだ。
「この酒は是非お燗をして飲んでほしい」と知人は言っていた。だが、お燗をする女房が出掛けたので、留さんにお燗をしてもらいたい。七輪や炭、一合徳利の在り処を教え、火を熾させる。お燗ができるまで待てない熊さんは、「ちょっとだけ冷やで飲みたい」と、湯呑に注がせて、一人だけ飲む。留さんが「どう?いい酒かい?」と訊くと、「黙っていろよ!味わっているんだ。横から口挟むな!」と熊さんは怒る。もう、ここから身勝手ははじまっている。
続いて燗ができた酒を飲む熊さん。「全然違う!…留さんは燗がうまいね。酒飲みじゃないと、こういうお燗はできない」と褒めるのだが、一向に留さんに飲ませようという気遣いがない。一合徳利2本分を自分一人で飲んでしまって、「もっとお燗して!みんな入れちゃって!あいつの言う通りだ。止まらない」。痺れを切らした留さんは「俺も貰っていいかな?」と訊くので、「飲みなよ!この茶碗が留さんの分!」。
そう言っておきながら、「そうガツガツしなくていいよ。お前さんは俺の親父と同じでつまみを食べながらちびちびやる花見酒だよね。鼠要らずにある缶に海苔があるから、炙って食べなよ…ない?じゃあ、踏板の下の糠味噌桶を搔き回せば、何か出てくるよ。ナスにキュウリ?笊に載せて、洗って…お燗もしてね。あっ、手は洗って!糠味噌臭い手でお燗するんじゃない!」。留さんが糠漬けを庖丁で刻んで、生姜を添えて、小鉢に盛り付けていると、熊さんが「ああ、なくなっちゃった。お前のを貰っておく」と言って、留さんの分の茶碗の酒を熊さんが飲んでしまう…。あぁ。
気分が良くなってきた熊さんは、留さんに唄を歌えと言う。「不器用じゃ駄目だよ。可愛がられなきゃ」に、留さんはさすがに怒って「冗談じゃねえ!酒も飲まずに歌えるかよ!」。すると、熊さんがご機嫌に歌い出す。挙句に、「ヨーヨーくらい言えよ!」。
そんなことをしているうちに、薬缶がグラグラいって、煮立っちゃう。「あぁ、いい酒が…!お前、お燗番だろ!」。ついに熊さんの身勝手な本音が出てしまった。そして、煮え燗の酒を「意地でも飲んでやる!…こんなフーフー吹きながら、酒は飲むもんじゃない」。そして、決定的な一言、「お前は昔からドジなんだ!」。これじゃあ、お人好しの留さんもキレるのは当たり前だろう。人物描写の素晴らしい高座だった。
上野鈴本演芸場八月中席夜の部千秋楽に行きました。今席は「吉例夏夜噺 さん喬・権太楼特選集」と題し、柳家さん喬師匠と柳家権太楼師匠が交互に主任を勤める恒例のお盆の特別興行だ。きょう権太楼師匠が主任で「火焔太鼓」だった。
奇術 ダーク広和/「ホームランの約束」春風亭百栄/「猫の皿」林家正雀/「四段目」林家正蔵/漫才 米粒写経/「親子酒」柳家喬太郎/「短命」春風亭一之輔/「中村仲蔵」露の新治/中入り/紙切り 林家八楽/「おしゃべり往生」柳家さん喬/粋曲 柳家小菊/「火焔太鼓」柳家権太楼
権太楼師匠の「火焔太鼓」。爆笑王の面目躍如たる高座だ。お人好しの亭主・甚兵衛さんと勝気な女房のやりとりはギャグ沢山で面白い。しかも、それは前に聴いたことのあるギャグなのに笑ってしまう。権太楼師匠の芸の力だろう。売れ残りの箪笥の件、向かいの米屋に売ってしまった火鉢の件、古くて損したのは岩見重太郎の草鞋と平清盛の尿瓶、それに淀君の腰巻…。「お前さんのせいで何も食べてないから、お腹と背中がくっついちゃったよ」。
殿様が買いあげたいという話が来たときも女房の否定的な物言いが可笑しい。そんな汚い太鼓を持って行ったら怒られるよ。若侍が5、6人取り囲んで、縄で縛り上げて、松の木に吊るされて、焚火をしながら、槍でつつかれて、干からびて、烏につつかれる。欲をかくんじゃない、道々自分のことをよく考えて行きなさい。俺は商売が下手なんだな、俺は馬鹿なんだな、俺は間抜けなんだな、俺はうすのろなんだなって!
お屋敷に到着して、持参した太鼓に三百両の値がつくときの甚兵衛さんのパニックぶりも肝だ。「手一杯に申せ」と言われ、手をいっぱいに広げ、「十万両でいかがでしょう?」。「三百金でどうだ?」と訊かれ、「三百金とはどんな金?狸の金は八畳敷…三百両?う、ルルルル…お金頂戴!」。受け取りを書けと言われ、「受け取りは要りません!」。判を押すのに印鑑がなくて、爪印でいいと言われ、字が読めないくらいに矢鱈目鱈爪印を押す甚兵衛さん。
五十両包みをひとつずつ出され、「これは何ですか?小判?うそうそ!お餅でしょう!」「水、一杯ください」「踊りたくなってきた。かっぽれでも踊りましょう」。三百両を受け取った甚兵衛さんが帰宅し、女房に報告して、五十両包みを次々と出す件は甚兵衛さんと女房の反応がほぼ同じで似た者夫婦なのが可笑しい。水を一杯くれと言うのが、甚兵衛さんが百五十両だったのに、女房は百両というのと、甚兵衛さんはかっぽれを踊りたいと言ったのに対し、女房は深川という僅かな違いが絶妙な笑いを生む。権太楼師匠自身が楽しみながら演じているのが、よく伝わってくる愉快な高座だった。
そして、トリの高座が終わると、さん喬師匠を招き入れ、短いご挨拶。ふたりは二人会を一緒にやるようになって40年の付き合い。最初は池袋演芸場、東京芸術劇場、そして末廣亭の暮れの二人会と続き、この鈴本の夏まつりも28年続いた。静のさん喬、動の権太楼。さん喬師匠は「権太楼師匠と一緒にやれたことは大いに勉強になり、最大の宝となった」、権太楼師匠も「さん喬師匠のお陰で権太楼の名前が大きくなれた。感謝しています」とお互いを讃え合った。
この興行は当初は「入りが薄かった。昼席は客が入るが、夜は厳しかった。リレー落語やら、踊りを踊るやら、工夫をしながらやってきた」。今では地方から泊りがけで来てくださるお客様もおり、楽屋へのお届け物にも「30年間ありがとうございました」と書いてあったが、寧ろ私たちが感謝している、とも。
本当はまだ続けたい。だけど、6月に二人で話し合って、「気力はあるが、体力がなくなった」、そして「後輩に道を譲ろう」と決断したとのこと。でも、それぞれに落語は頑張っていくので、よろしくお付き合いください、と。権太楼師匠が我慢しきれなくなって涙を拭い、さん喬師匠も「人前で泣くなんて」と言いながらも瞳に涙を浮かべていた。そして、堅く握手を交わした光景を拝見し、観客である私たちももらい泣きしてしまった。
そして客席と楽屋一同で三本締め。さん喬師匠、権太楼師匠、ありがとうございました!


