ひとりらくご 三遊亭青森「応挙の幽霊」、そして伝輔劇場 古今亭伝輔「唐茄子屋政談」

配信で「渋谷らくご ひとりらくご」を観ました。
1時間で三遊亭青森さん一人の高座。通常、渋谷らくごは一人の持ち時間が30分なのに、「60分で青森さん一人!これは…青森さんの長講が聴ける!」と期待して、購入したのだが…。冒頭、「色々迷ったけれど、普通の落語を一席演じて、残り時間は“雑談”で埋めることにした」と発言。ガッカリした。そして、実際にドラゴンボールのゲームのことや川柳師匠の楽屋噺、高校時代の野球部の思い出、昔好きだったアイドルの話題などで50分喋り倒した。
残り時間で「応挙の幽霊」。幽霊画を市で買った道具屋は、旦那に「応挙の作」と炊きつけて、五円で仕入れた掛け軸を九十円で買ってもらう話をつける。喜んだ道具屋、「これで7年前に死んだ女房の法事が出来る」と、掛け軸を前に祝い酒を飲んでいると…。
絵の中の幽霊が飛び出し、道具屋に礼を言う。酒肴を置いて回向してくれてありがとう。お酌までしてくれ、道具屋と二人でやったりとったり。すっかり上機嫌になった幽霊は肘を枕に寝込んでしまった。はったりで「応挙の作」と言った道具屋、実は本当に円山応挙の筆によるものだったという…。渋谷らくごで持ち時間60分のチャンスなのに、寄席の15分高座でお茶を濁すのは勿体ないと思った。
「伝輔劇場~古今亭伝輔独演会」に行きました。「近日息子」「粗忽長屋」「唐茄子屋政談」の三席。最後にかっぽれを踊った。
「唐茄子屋政談」。「お天道様と米の飯はついて回る」と大口を叩いて勘当された若旦那の徳三郎を心配していた叔父さんの本当の意味での優しさが素敵である。天秤棒を肩にして「唐茄子屋でござい」と売り歩けば、了見も入れ替わり、他人の金で遊ぶのではなく、自分で稼いだ金で遊ぶことを覚えるだろう。「売れても売れなくてもいいから、一生懸命に働け」と送り出すところに、“親心”を感じる。
そして、田原町で転んだ徳三郎から事情を聞き、「荷を減らしてやろう」と親切に唐茄子を売ってくれる男の人情も良い。こういう努力をしていることが、人から人へと伝わり、やがて親父の耳に入るだろう。そうすれば勘当も揺れるのではないか。そこまで赤の他人のことを思ってくれる人が現代にどれだけいるだろうか。
吉原田圃で売り声の稽古をする場面もちゃんとあるのも良かった。友達に誘われて初めて吉原に行き、やがて馴染みとなった花魁との思い出が頭をよぎる。雪が降ってきて、居続けをし、一緒に鍋をつついた、あの甘い時間が懐かしい。それゆえに、我を忘れて通い続けて、勘当になってしまった。これからは、自分で稼いで吉原に行けば良いのだ。何の楽しみもなく働くよりも張り合いがあるというものだ。
そして、誓願寺店。浪人になった亭主が小間物屋の旅をしながら月々送金してくれていたが、それが途絶えて二日も何も食べていないと言うおかみさんに対し、素直な徳三郎は助けてあげたいと思う。今できることは、何か。売り貯めをそっくり渡すことだと考えた。普通ではできないことだ。純情なのだ。
純情ゆえに吉原の花魁に入れあげてしまった徳三郎だからこそ、この目の前のおかみさんを助けてあげようと思ったのだ。そう思うと、この噺は筋が通っているなあと腑に落ちる。

