人形町噺し問屋 三遊亭兼好「大山詣り」、そして集まれ!信楽村 柳亭信楽「ご当地ドラマ」

「人形町噺し問屋~三遊亭兼好独演会」に行きました。「お菊の皿」と「大山詣り」の二席。ゲストはジャグリングのストレート松浦先生、開口一番は三遊亭げんきさんで「子ほめ」だった。
「大山詣り」。酔って赤鬼みたいな顔して湯船に無理やり割り込んできた熊五郎の傍若無人な振る舞いに対し、暴力を振るわれた二人は「腹を立てたから、決め式通り、二分ずつ払う」とした上で、手を出したら坊主にするという決め式に従って熊五郎を丸坊主にしなければ腹の虫が収まらない気持ちはよく判る。だから、中二階で酔って眠っているのをチャンスとばかりに熊五郎の頭を剃刀でツルツルにしたことで溜飲が下がる思いだったろう。
大山詣りの一行が熊五郎を残して宿を出立、中二階を掃除に入った女中が「お坊さんがいる!」と驚くところも痛快だ。鬼灯のお化けみたいな頭をしているが、肩にひょっとこの彫物があるところから、昨夜大山詣りの客の中でひと際騒いでいた、あの男に違いない…。「お坊さん!」と熊五郎を起こすと、熊五郎が「誰が坊さんだ!坊さんというのは頭に毛がないんだ。俺は髷が自慢なんだ!」と自分の頭に手をやったときの熊五郎の「やられたあ!」という顔が可笑しい。
だが、ただで転ぶ男ではない。きつい洒落は、もっときつい洒落で返すというのが熊五郎の流儀なのだろう。早駕籠を調達して、一行より先廻りして長屋に帰り、大山に行った連中のかみさんを全員集めて、「藤沢のお祖師様に行く船が疾風に遭って沈んでしまい、助かったのは俺一人だけ」という大嘘をついて、菩提を弔うために自分のように剃髪すれば、「きっと亭主も浮かばれるだろう」。先達さんのおかみさんをはじめ、熊五郎のかみさんを残して全員の頭を剃刀でクリクリと意趣返しよろしく剃ってしまうという…。熊五郎の憎たらしい部分をユーモラスに描くことで笑いに変換するのは兼好師匠の手腕である。
熊五郎を取り囲んで沢山の尼さんが数珠を廻して百万遍を唱えているという光景に、後から帰って来た大山詣り一行は目を白黒させて、何がおこなわれているのか理解不能になるところも、本来だったら熊五郎が許せない!と憤慨すると思うのだが、先達さんの「芋の煮っころがしみたいだ」という台詞で見事な落語になる。滑稽味満載の兼好師匠の高座だった。
「集まれ!信楽村~柳亭信楽勉強会」に行きました。「長短」「ご当地ドラマ」「井戸の茶碗」の三席。
「長短」「井戸の茶碗」ともに面白い。特に「長短」は長七さんと短七さんのコントラストのディフォルメが冴えていて、可笑しかった。信楽さんは兎角新作落語の方に注目が集まってしまうが、ご自分では「二刀流」を自負していて、古典もしっかりと勉強されているし、出来も悪くない。先日の公推協杯全国若手落語家選手権では予選2位で、敗者復活戦に回ったが、敗退。自作の「寿司にぎる。」を掛けたそうだ。これまでの公推協杯もそうだし、NHK新人落語大賞などのコンテストは全て自作の新作で挑んでいる。僕はそもそも個々の落語に優劣をつけるコンテスト自体に疑問を持っているのだが、古典と新作を同じ土俵で戦わせることもおかしいと思っている。要は審査する人間の好みに左右されてしまうからだ。信楽さんは今後も自作でコンテストに出場するとは思うが、もしかすると、きょうの「長短」みたいな噺で優勝を狙うことだって出来る器ではないか。そんなことを思った。
「ご当地ドラマ」はナツノカモ作品。殺人犯が人質を取って崖に立っているところを刑事が「馬鹿なことはやめろ。人生はやり直しがきく。お母さんだってお前の幸せを願っている。罪を償うことも出来る」と説得するというドラマの緊迫したシーンの撮影現場。
上手く撮影できたと出演者一同が思ったら、なぜか監督のダメ出しが…。尺が足りないから、もっと「うまい具合に」演技を引き延ばしてくれという。出演者は必死に台詞を長めに言ったり、同じことを繰り返したり、台詞と台詞の間を異常に長く取ったり、四苦八苦。これでOKが出るかと思ったら、「肝心なことを忘れていた」。
このドラマはご当地ドラマで、作中に町おこしのキーワードを入れ込んでほしいという超無茶ぶり。聖徳太子、鹿、温泉、ユバッチイ(ご当地ゆるキャラ)…。さらに意味不明なのは地元の有力者で土建屋の「カンノススム」の名前を入れてほしいという。それまで緊迫していたドラマのシーンが一転して「これはドラマなのか!?」という辻褄の合わない突拍子のない展開に豹変してしまう…。
こんなことは実際にはあり得ないが、スポンサーの意向でドラマの内容が一部書き換えられたり、無理な展開を強いられたりするテレビ業界への皮肉として、とてもセンスのある作品だと思った。

