春風亭一之輔独演会「船徳」、そして五月文楽公演「伊勢音頭恋寝刃」

春風亭一之輔独演会に行きました。「手紙無筆」「短命」「船徳」の三席。ゲストは漫才の風藤松原先生、開口一番は春風亭らいちさんで「転失気」だった。

「船徳」。若旦那の徳兵衛が船頭になるために、船頭の六さんが筋書きを書いたという設定が面白い。女の子に「粋ね!」とキャーキャー言われたいから、どうしたら良いかと若旦那が六さんに相談した。まず吉原に通い続けて、店の金を使い込み、親から勘当されて船宿の二階に居候し、親方に「船頭になりたい」と頼んで断られたら、「よその船宿で船頭になる」と言えば、親方も渋々承知するだろうという…。

親方は徳さんに「つらかったら、我慢しない。辛抱しない。すぐやめる」ということを条件に船頭になることを認めるが、そんな簡単に非力な徳さんが船を漕げるわけがない。四万六千日、大桟橋まで猪牙船を出してほしいという客が来るが、生憎船頭は徳兵衛を除いて出払っている。奥で腹這いになって足をバタバタさせながら、船のお絵描きをしている徳さんを見て、何も知らない客は「船頭がいるじゃないか」と言ったときの、女将の慌てぶりが可笑しい。「あれは船宿の妖精です!」(笑)安直に引き受けてしまう徳さんに、女将は「徳さんは絵を描いていてください!あなたにはまだ早い」と言うと、徳さんが「この間みたいにひっくり返したりしないですから」。

女将は仕方なく「親方と誓った約束」、すなわち「つらかったら、我慢しない。辛抱しない。すぐやめる」、キャーと声をあげれば、すぐに皆が救援に駆け付けるからと言い聞かせるが…。髭をあたり、片手で鉢巻をしようとし、「行ってめぇりやす」と粋を気取る徳さんだが、所詮実力が伴っていない。

竿を使えば天竜川の川下りかと思えるようなしぶきが飛び、挙句に竿を川に流しちゃう。櫓に変わったら、船がグルグルと廻り出し、「ここが大事なところ」と言ったかと思うと、「やった!出た!きょう初めて大川に出られた!」。おいおい、大丈夫か。

岸で竹屋のおじさんが徳さんを見つけると、「まだ底は浅いぞ!飛び降りろ!」と言い出すので、客が不審に思って徳さんに訊くと、「ちょっとしたことがあって、あのおじさんは精神が不安定なんですよ」「?」「あの人のおかみさんを川の真ん中に落としてしまって…」「上がってきたの?」。沈黙する徳さんが不気味だ。

船が石垣にへばり付いてしまい、客が文句を言うと、「うるさい!一生懸命にやっているのに!偉そうに客だと思って!大変なんだ。嘘だと思ったら自分で漕いでみろ!素人が!」とキレてしまう徳さん。そのうちに船の揺れが収まったと思ったら、徳さんは親方との約束通り、船を漕ぐのをやめてしまった。「汗が目に入って、開けられない。もう駄目だ。大きな船が来たら、避けて」。無茶なことを言う。

そして、「もう、嫌だ!俺は何でこんなことをしているのだろう。船頭なんて面白くもなんともない。辛抱も我慢もしない。すぐやめる。そうだ…俺は左官になりたかったんだ!そうだ!左官になろう!」。憧れた船頭に簡単に見切りをつけて、今度は「左官の職人がカッコイイ」とでも思ったのだろうか、無責任に安直に自分の進路を変更する。こういう了見の若者はいくら職を変えても成功しないというのは現代においても同じである。

五月文楽公演第三部に行きました。

「伊勢音頭恋寝刃」古市油屋の段/奥庭十人斬りの段

伊勢神宮の御師・福岡貢は以前は阿波国の侍で、そのときの主人だった今田万次郎の依頼で紛失した名刀「青江下坂」を探し、刀は手に入れることができたが、その折紙の行方が判らずに、探している。このときに貢のことを思って尽くすのが油屋の女郎お紺であり、貢はお紺と夫婦約束をしていたという前提を理解して観るとわかりやすい。

何とかして、貢の手助けをしたいと思う女心。万次郎の失脚を企む徳島岩次が折紙を持っているらしい。しかも、岩次はお紺に岡惚れしている。そのために、お紺はわざと貢に愛想尽かしをしているふりをして、岩次と祝言を挙げる段取りに乗っかるのだ。

「なんて短絡的な」と思うが、そこにはいくつかの伏線がある。ひとつは岩次に味方する油屋の仲居の万野の作戦。お紺と同じ女郎のお鹿に対して貢が何度も無心していたという証拠である手紙を見せられた。お鹿は貢に岡惚れしており、貢に貸すつもりで万野に金を騙し取られていた。だが、貢の手には渡っていない。だから、お紺はそれが偽の手紙であることは百も承知していたのであるが、ここで騙されたふりをして岩次に接近すれば、折紙を手に入れることができるのではないかと考えたわけだ。

もうひとつは、貢の伯母からお紺に対し、別れるように言われていたことがある。実は貢には榊という許嫁がいて、起請文まで取り交わしていたのだ。だから、お紺は万野に騙されるがまま、岩次との婚礼を承諾したのである。

やがて祝言となったときに、貢はそこに駆け付け、突然のお紺の裏切りに激昂する。お紺が別れ話を切り出し、貢はお紺の本心を知らないから、怒りがこみあげると同時に、悔しさから涙を流す。そして、店を去って行くのだが、このときに料理人の喜助に渡された刀は、その鞘こそ岩次のものだったが、中の刀は青江下坂だった。

だが、貢は手渡された刀が本物であることを知らず、刀を取り違えられたと思い込み、油屋に戻る。そして、万野ら油屋の人間を次々と斬り殺して、最終的には逃げた岩次も殺す…。そこへお紺と喜助が現れ、今手にしている刀こそ青江下坂であり、折紙も手に入ったと手渡して一件落着。

歌舞伎では青江下坂が妖刀で、それによって多くの人間を斬り殺したという演出になっているが、文楽ではそこまで表現していない。あくまでも、人間の憎悪によって起こった悲劇として描いている。何とも人騒がせな名刀奪取の物語だ。