三夜萬夜物語 三遊亭萬橘「子別れ」、そして いちいち見聞録 田辺いちか「腰元彫名人 昆寛」

「三夜萬夜物語」に行きました。
わいわいトーク/「鮫講釈」立川のの一/「にゅう」三遊亭萬橘/「締め込み」柳家三三/中入り/「写真の仇討」柳家三三/「子別れ」三遊亭萬橘
萬橘師匠の「子別れ」、独創性が光る。熊五郎が亀吉と再会したときに見つける額の傷の件はなし。また、誰から50銭の小遣いを貰ったかを言わない亀吉に対し、母親が玄翁で叩こうとする件もなし。その分を独自のアレンジで味付けして、とても新鮮である。
熊五郎は亀吉と一緒に暮らしていたとき、「お尻の穴だぞ」と言って、わざと手を使って変な顔を息子に見せ、笑わせていたことを思い出すと言う。亀吉の屈託のない笑い声が忘れられない、と。「会いたいかい?」と訊く番頭さんに、「あんな別れ方をしてしまった、どうせ許してもらえない」と嘆く熊五郎。番頭は「あれから酒をピタッとやめたんだ。報われてもらいたい」と思う。
亀吉との再会。亀吉は「お父っつぁんか?本当のお父っつぁんか?お父っつぁんは酒臭かった」と疑う。すると、熊五郎は例の「お尻の穴」の変な顔をしてみせ、亀吉は「お父っつぁんだ!」と喜ぶところ、とても良い。亀吉は母親と二人で暮している、お父っつぁんも独りなら寂しいだろう、家に行こうよと誘うが、熊五郎は負い目があるので、そう簡単に会いに行くことなどできないと言うところ、本当に心から反省しているのだと判る。
母親は「あの飲んだくれには苦労した」と愚痴を言うが、学校の遠足で行った動物園で「熊がいた」と亀吉が言うと、「熊と呼び捨てにしてはいけない。熊さんと言いなさい」と叱ったという。「まだ未練あるぞ」と言う亀吉が可愛い。尚且つ、洗濯物は男物の褌一本を入れて干すようにしている、それは「悪い虫がつかないお呪い」と母親を言っているという。徹夜で縫物の仕事をして、朝御飯を三人前作ってしまったときもあった。「こんなこと知ったら、お父っつぁん、笑うだろうね」と言っていた。元亭主が忘れられないのだ。
亀吉が帰宅して、母親が50銭の小遣いを見つけたとき。誰に貰ったんだい?と訊くも、亀吉は父との約束を守り、「言えないおじさん」と口を割らない。「盗ったね!おっかさんは隠し事をするような子とは一緒にいられない。こんなことにならないように育ててきたつもりなのに…」と嘆くと、流石の亀吉も正直に答えるしかなくなる。母親の前で「お尻の穴」の変な顔を見せると、母親は「お父っつぁんと会ったのかい!」。酒もやめて、吉原の女も叩き出したと聞き、さぞ嬉しかったろう。
翌日の鰻屋二階。「お久しぶりです。親として一言御礼を言いたくて…お前さんだったんですか」「さぞ腹を立てているだろうな。俺が捨てたようなものだもんな」「あの頃は私の言うことなんか全く聞かないで、お酒の言うことばかり聞いていた…」「酒はやめたんだ。気がつかなかった。人を使うようになって、初めて家族のことを何とかしなくちゃと思うようになった。もう飲まない」「お帰りなさい」「許してくれるか?」「お酒を飲む人の気持ちがちっとも判らなかった私が悪いんです」「いや、酒ばかり飲んでいた俺が悪かった」「いえ、私が悪かった」「いや、俺が悪かった」。お互いを庇い合う元夫婦を見て、亀吉が言う。「本当に酒、やめたのか?おっかさんも、お父っつぁんも、酔っ払っているみたいだ」。復縁が叶って嬉しい二人の姿が目に浮かんでくる、見事なサゲだった。
「いちいち見聞録」に行きました。
オープニングアクト/「越の海勇蔵」神田ようかん/「家見舞」春風亭一花/「不孝者」三遊亭兼好/中入り/見聞トーク 兼好・一花・いちか/「腰元彫名人 昆寛」田辺いちか
いちかさんの「昆寛」。名人気質がよく表現されている。値は高く、仕事は遅く、注文中は催促無用。マイペースを貫く職人のこだわりは悪く言うと偏屈だが、出来上がったもので勝負する職業としては、これが正解ではないかと思う。
屋根職人の「コンカンなんて、狐がコンと鳴いて、鐘がカンと鳴るみたいだ」と言っていたのを聞いて、昆寛が閃く。尾張屋清兵衛に借金をして、近所の子供たちを集め、寿司や菓子をお腹いっぱい食わせ、きょうは王子稲荷で火消ごっこ、あすは汐留で潮干狩りに連れて行き、その様子をスケッチ。そこから一か月、人が変わったように彫物に集中し、出来上がりを尾張屋に持ち込む。
銅(あかがね)に狐の火消と潮干狩りを彫った自信作の小柄だったが…。尾張屋は「紀州様の注文は金無垢」と言って、こんなものは二分でしか買い取れないと断る。昆寛は落ち込んだ。精魂こめて彫ったのに、二分とは…。これを見た女房のおかじは「お前さんは道楽で彫っていたんだね。自分の好きなことばかりして!」と怒ると、昆寛はおかじに三行半を渡して追い出してしまった。
だが、昆寛の自信作は見る人が見ればその価値が判る。尾張屋を訪ねた江戸一の目利きの金兵衛親方が「昆寛ですな。狐が火事装束で王子稲荷で火消、汐留で潮干狩り。まるで生きているようだ。こういう細かい細工は銅でないと駄目だ。金では出来ない。名品を見せてもらった。いくらです?」。尾張屋は二分のつもりで、二本指を出すと「二百両?」。否定すると、「三百両?四百両?」。売ってくれるまで帰らないと言って、結果八百両の値がついた。
尾張屋を訪ねたおかじを連れて、尾張屋は昆寛の家へ。「色々あって、八百両になった」。「だろう?」と息を吹き返す昆寛。「お前さんは彫物以外に何もできない。おかじさんの支えがあってこその名人だ」と尾張屋は諭し、二人を復縁させる。紀州様はこの銅の彫物をお買い上げになり、千代田城に持ち込むと大変な噂になる。そして、「昆寛に彫物を」という注文が尾張屋に殺到したという…。
名人気質というのは、兎角誤解されやすい。だが、きちんと見る人がいれば、必ず認められる。そして、何よりもそれを支えるパートナーが必要だ。素敵な名人伝である。

