三三の新三 柳家三三「髪結新三」、そしてシス・カンパニー公演「新宿発8時15分」

「三三の新三~柳家三三「髪結新三」ひと夜がたり」に行きました。

「牛ほめ」三遊亭東村山/「髪結新三」(上)柳家三三/中入り/「髪結新三」(下)柳家三三

初代春錦亭柳桜の創作した「白子屋政談」を、河竹黙阿弥が「梅雨小袖昔八丈」として歌舞伎化した、通称「髪結新三」。「白子屋政談」はかなり長い読み物だが、一旦歌舞伎になった部分(いわゆる鰹の強請)を落語にしたのだろう。白子屋の長女お熊や弥太五郎源七などは最終的に大岡越前守に裁かれ、討ち首死罪となるが、きょうの三三師匠の「髪結新三」もお熊や弥太五郎源七は被害者で、小悪党の新三を主人公に、老獪な大家長兵衛にやりこめられてしまうところに眼目が置かれている。

持参金五百両を目当てに桑名屋の番頭又四郎を婿に迎えた白子屋お熊だが、以前から深い仲になっていた手代忠七との関係を切りたくない。そこを見透かした廻り髪結の新三が「駆け落ちの手助けをしてやる」と唆し、和国橋の袂で逢引の手引きをするが…。お熊は新三の子分の勝公が駕籠を誂え、深川富吉町の新三宅に送り届ける。一方、新三と忠七は雨降りの中、歩いて深川に向かうが、途中で新三の態度が一変し、「誰がお前の世話をすると言った?お嬢様と一緒に?お熊は俺が目を付けていたんだ。お前をダシにしただけのこと、もうお前は用無しだ」と言って、傘を独り占めして、忠七を蹴倒し、土砂降りの中、馬乗りになって、額を下駄で打ち付ける。「騙したな!」「お前が間抜けだから」。新三の小悪党ぶりが目に浮かぶ。

お熊が拐された。白子屋では慌てて、車力の善八に十両を渡して、お熊連れ戻しを頼むも、新三は「そんな目腐れ金」と言って相手にしない。さて、どうするか。毒を以て毒を制す。吹矢町の弥太五郎源七親分に頼めばいいんじゃないかと女房に言われた善八が源七を説得するところに三三師匠は力点を置いたのが興味深い。源七は「あんな小者を相手にしたのかと笑い者のなるのは嫌だ」と頑なに拒むも、善八が女房に言われた「雌鶏勧めて雄鶏時を作る」を実践し、源七のおかみさんに頼むと、あっさり源七が新三との交渉役という面倒な役回りを承諾する件は面白い。

で、源七は新三の家を訪ねる。源七が「俺が口を利くんだ。ニッコリ笑って、お嬢様を返せ」と親分風を吹かせるも、新三は動じない。お熊と俺は昔からいい仲だったんだ。この道ばかりは別。男と女の痴話喧嘩、見逃してくれ。俺は銭金に転ぶ男じゃない。世間が「あの女は新三の女房」と認めるようになったら、返してやる。源七がそれでも「この弥太五郎が来たんだ。四の五の言わずに返しやがれ」と強硬な態度を取ると、新三はキレる。何を抜かすんだい!俺は上総無宿の入墨新三だ!意地でも返さない。悔しかったら、矢でも鉄砲でも持って来い!流石の源七親分もすごすごと引き下がる。小悪党の新三、勝利と思ったところに、大家長兵衛が登場する。

長兵衛が新三より一枚も二枚も上手というのが、この噺の味噌だ。弥太五郎源七に怖気ることなく、見事な啖呵を切った新三を「惚れ惚れした。偉い」とまず褒める。一方で、善八には「私が新三を説得する。十両では少ない。三十両用意してほしい」と請け合う。

で、新三に対し、「こういうときは金に転べ。そうしないと、虻蜂取らずになる」と言って「いくらなら、お嬢様を手離すか」と訊く。新三は「五百両」。このハッタリに対し、長兵衛はすっとぼけて、「三十両でいいんだな」。何度も新三が五百両と繰り返すのに、三十両にしか聞こえないふり。新三がキレて、源七に言ったように「俺は上総無宿の入墨新三だ!」と言うも、長兵衛はそれを逆手に取る。「無宿というのは人別帳にないということ。それを大きな顔して、よく言えたものだ。俺は家主長兵衛、北町南町寺社奉行すべてに顔が利く金箔付きの町役人だ。お前を牢にぶちこむことだってできるんだ。そんなお前を住まわせてやっている恩も忘れやがって!店立てだ!出ていけ!」。完全な長兵衛の勝利である。

これで、新三は三十両で納得する。だが、長兵衛の老獪は続く。「鰹の片身をくれる」と約束した理屈を当てはめ、半分の十五両しか渡さない。その上、滞納している店賃十両を差っ引いて、新三には五両しか残らなかったという…。で、ニッコリ笑って礼を言え!4年ぶりに聴いた三三師匠の「髪結新三」通し。面白かった!

シス・カンパニー公演「新宿発8時15分」を観ました。作・演出:三谷幸喜、音楽:荻野清子。

カマタマ線シンジュク駅を8時15分に出発したカマクラ行き下り電車が、線路上で緊急停止した。接触事故が発生したのだ。輸送指令センターの陣頭指揮のもと、各自職務を全うしようとする車両乗務員、近隣駅員、消防・警察関係者たち。そして事故車両に乗り合わせた人々、駅で電車を待つ人々が、それぞれの事情を抱えながら、一刻も早い復旧を待っている。

一つの電車の接触事故よって様々な人間模様が展開する面白さというのだろうか。この事故に関わった人々の行動と思いが絶妙に連鎖していく脚本は流石、三谷幸喜!である。なにせ、主演の天海祐希は9役、香取慎吾は6役を演じるのだが、それは歌舞伎でよくある早替りとは違って、メインの役と端役がごちゃ混ぜになっていて、それがストーリーの展開と絶妙にリンクしている。そう、絶妙なのである。

それを何とミュージカル仕立てにしているので、その面白さは増幅する。ミュージカルナンバーはテーマ曲「新宿発8時15分」はじめ、「なにもせず後悔するよりは」「俺たちに任せろ」「余計なお世話かもしれないが」「地質学者のモノローグ」…ほか全22曲。音楽担当の荻野清子さん、すごい!

パンフレットに三谷幸喜さんが「こんなミュージカルがあってもいいと思う」と題して、こう書いている。

電車が止まってから動き出すまでをリアルタイムで描く。それを休憩なしの2時間以内で一気に。そんなミュージカル、世界中、どこでもやっていない。もちろんやらない理由があるからかもしれないけど、僕にはそれがとても魅力的な題材に思えた。だって電車が動かず、線路脇の道を歩く何千人もの群衆の姿なんて、ミュージカルだからこそ描けるわけで、ストレートプレイでも出来ないことはないけど、きっとそんなに面白くない(はず)。

いつもミュージカルを作る時に悩むのが、突然台詞から歌になる、あのミュージカル特有の居心地の悪さ。もちろんそれを好きな人もいらっしゃるでしょうが、僕には、突然歌い出す唐突さがどうしても気になる。そこに意味を持たせたくなる。ストレートプレイの脚本家の性でしょうか。今回は、だったらいっそのこと全編歌にしてしまえば、唐突さは半減するのではという発想でやってみました。最終的には台詞の部分も生まれましたが、全編が一曲の歌のような作品を作りたいという僕の希望になるべく沿うよう、音楽の荻野清子さんは知恵を絞ってくれました。以上、抜粋。

「いっそのこと全編歌にしてしまえば、唐突さは半減するのでは」という発想を実現してしまうところに三谷幸喜さんの天才たる所以があり、それがまた実に面白いのであるから、凄いなあと思った。