三月大歌舞伎「加賀見山再岩藤」

三月大歌舞伎昼の部に行きました。通し狂言「加賀見山再岩藤」五幕九場。

一般的に考えれば二幕目「八丁畷三昧の場」の通称“骨寄せの岩藤”や、三幕目の「多賀家奥殿草履打ちの場」の岩藤の亡霊が二代目尾上を草履で打ち据える場面が眼目なのだろう。だが、個人的には四幕目の「鳥井又助内切腹の場」が良かった。

多賀家の乗っ取りを狙う望月弾正とお柳の方に騙された多賀大領の忠臣である花房求女、求女に仕えていて今は自宅に匿っている鳥井又助、その妹のおつゆ、弟の志賀市を中心とした悲劇の物語にグッときた。

多賀家の重宝金鶏の香炉を弾正の一味である蟹江一角が盗み出し、宝を守護する役目の求女にこの罪を被せた。そのために大領の怒りを買ってしまった求女は追放されてしまった。そこで又助は求女を匿う。

又助はお柳の方を殺害すれば求女の帰参が叶うという弾正の偽りを信じてしまい、お柳の方の行列の目印が菊唐草の紋の提灯だと教えられる。だが、それは大領の正室、梅の方の紋であり、又助は間違って梅の方の駕籠に刃物を刺し、梅の方を死んでしまった。

又助は忠義を果たしたと得意げにしていたら、そこに家老の安田帯刀が現れ、梅の方の位牌を懐から取り出し、又助は自分が手に掛けたのは梅の方であったと知り、愕然とする。と同時に、求女は又助が裏切ったと思い込み、散々に打ち据え、お前は人非人だ、もう家来でも家族でもないと勘当を告げる。又助は武士らしく切腹しようと心に決めた…。

それ以前に、又助の妹おつゆの甲斐甲斐しさも胸を打つ。求女は風毒という病に罹った後、衰弱して床に伏せっていた。医者は高麗人参の服用を勧めるが、百両もする効果な薬だ。そこでおつゆは又助に自分が廓に身を売って、その身代金で高麗人参を買ってあげてほしいと懇願する。又助はおつゆを褒め、苦界に身を沈めることを許す。実際、求女とおつゆは深い仲になっていて、又助もこれを知っていたのだ。

求女はおつゆの役に立ちたいという真摯な気持ちに感激し、全快した暁には、おつゆを身請けして女房にすると約束した。二人は盃を交わし、祝言を挙げて、おつゆは涙ながらに家を出たのに…。

また、又助の弟の志賀市も殊勝である。盲目の志賀市は幼いながらも按摩治療をし、家計を助けていた。また、琴の演奏も優れていた。師匠の家で稽古が終わって帰ってくると、付き添いの下男が「上手になったから兄にも聞かせてきなさい」と師匠が琴を貸してくれたという。そのとき、又助はまさに切腹しようとしていたところだ。何も知らない志賀市は兄のために「妹背川」を演奏する。

又助が自らの腹に刀を突き立てると、志賀市は兄の様子の変化を察し、傍らに寄り添う。奥で様子を窺っていた求女と帯刀も駆け寄る。志賀市が泣き伏す中、又助は虫の息で梅の方を討ってしまった仔細を物語る。全ては弾正に騙された、このまま死ぬのは口惜しい、と。

さらに、そこへ身を売って手に入れた百両を持ったおつゆが戻ってくる。兄の変わり果てた姿を見て、嘆き悲しむ。又助はその金で高麗人参を手に入れて求女の全快に尽くせと言う。帯刀は求女の帰参と志賀市の将来を約束し、さらにおつゆを身請けして求女の妻にすると又助に伝える。これを聞いて安堵した又助は冥途へと旅立っていく…。

ああ、何という悲劇なんだろう。それと同時に、忠義とは何か、孝行とは何か、武士の世界に限らず、人間皆に共通する美学のようなものを感じた。