【新プロジェクト✕】アメリカに渡った漫画~「はだしのゲン」~

NHK総合で「新プロジェクト✕ アメリカに渡った漫画~「はだしのゲン」~」を観ました。
ヒロシマの原爆の悲惨さと力強く前向きに生きる少年を描いた漫画「はだしのゲン」全10巻は今では英語のほかロシア語、アラビア語、モンゴル語など25の言語に翻訳され、およそ11万部が世界中の人々に読まれ、共感を呼んでいる。作者の中沢啓治さんは2024年に漫画のアカデミー賞といわれるアイズナー賞で殿堂入りを果たした。
1970年代、ベトナム戦争に反対する反戦運動が起き、アメリカでは大陸横断の平和行進デモがおこなわれ、日本人の青年、大嶋賢洋もこれに参加した。キング牧師が黒人差別を訴えたことがきっかけではじまったデモに、「なぜ日本人が参加しているのか」と大嶋が訊かれたとき、広島の原爆について書かれたパンフレットを皆に見せた。すると、大半の人たちが「あれは日本人が戦争をやめなかったからだ。パールハーバーで日本が攻撃してはじまった戦争。原爆は天罰だ」と言われてしまった。大嶋は言い返すことができなかったという。
だが、大嶋の話に耳を傾けてくれた男がいた。ジム・ペック。原爆投下を命じたトルーマン大統領に抗議したり、人種差別抗議デモに積極的に参加したりしていた。大嶋はアメリカ人が「ヒロシマを知らない」ことを嘆いた。そのとき、大嶋の脳裏をよぎったのが、漫画「はだしのゲン」だった。原爆の悲惨さ、戦争が生みだす差別をリアルに描いた漫画だ。これを見せたら伝わるかもしれないと思った。
9ヶ月にわたるデモ行進が終わり、ワシントンで皆に「はだしのゲン」を見せ、説明した。原爆投下の直後、生まれたばかりの妹をゲンが抱え、母親が「二度とこんなことが起きてはいけない」と言う場面で、ある女性が泣きだした。そして、言った。「英語版はありませんか?」。ジムは大嶋に言った。「君が訳すんだ」。
大嶋は日本に帰り、作者・中沢啓治を訪ねた。英語の翻訳は「嬉しい」と快諾してくれた。世界中の人たちに知ってもらいたいと中沢も思っていたのだ。協力してくれる仲間を募ると、10人が無償で手伝うと名乗りをあげてくれた。素人だらけの「プロジェクトゲン」がスタートした。だが、翻訳は困難を極めた。広島弁、お経、浪曲…これらをどう訳したらよいのか。1日10時間作業しても、1ページに一週間かかることもあった。
そこに現れたのが、アラン・グリースン。日本文化に興味を持ち、来日。ネイティブチェックを担当してくれることになった。アランはベトナム戦争真っ只中で育ち、徴兵を拒否、反戦運動にも参加していた男である。「こんなシリアスな漫画はアメリカにはない。生きることの大切さを訴える漫画はコミック=子どものエンタテインメントと考えられていたアメリカへの挑戦でもあった。
大嶋は資金を作るために、カンパを集めることに奔走した。広島や長崎では見本を配布し、協力を求めた。そして、1978年。200万円の資金を使って、284ページの翻訳本「BAREFOOT GEN」が完成した。果たして、これはアメリカ人の心に届くのか。800冊をアメリカのジム・ペックに送った、そして、知人たちに読んでもらった。
すると、サンフランシスコのレナード・リーファスが「ウチで出版させてくれ」と言って来た。これは人間の物語だ、原爆を正当化しているアメリカに罪悪感を抱かせるのが目的ではない、平和に生きるすべを学ぶことを目指していると売り込んだ。大手出版のペンギンが賛同し、発売。だが、期待は裏切られた。ペンギンは在庫処分を決定、絶版となった。翻訳作業も4巻でストップした。
このとき、金沢在住の翻訳家、浅妻南海江が協力を申し出てくれた。彼女は「はだしのゲン」をロシア語に翻訳し、ウクライナに住む友人に贈っていた。友人はチョルノービリ原発事故の被害者だった。「逞しく生きろ」と自分からは言えないが、ゲンを通してなら言えると考えたからだ。
2001年、9.11同時多発テロ発生。芸術に国境はない。夢に向かうゲンの姿を伝えたい。アラン・グリースンと浅妻は共通の思いを持って、全10巻すべてを英訳することにこだわった。サンフランシスコのラスト・ガスプという家族経営の出版社が彼らの熱意に押され、決断する。「この先10年、20年、100年と生き続ける本を出版することが我々の使命ではないか」。
7年かけて、2009年に全10巻の英語翻訳が完成した。クラウドファンディングで3万ドルが集まり、10年をかけて全米の図書館に7000冊を寄贈した。それをきっかけに、「はだしのゲン」の評判が静かに広まった。
評判が評判を呼び、売り上げは11万部突破。原爆に対するアメリカの世論を変えた。それは、「ヒロシマのゲン」をウクライナやガザに置き換えていい、世界平和を伝える大きな仕事として認められたということであろう。大嶋青年の思いが50年かけて、世界25言語の翻訳の輪に繋がった。
作者・中沢啓治の墓にはこう彫られている。「人類にとって最高の宝は平和です」。現在もまだ戦争の終りが見えていない国や地区がある。平和の大切さ。一つの漫画が国境を越えて、問いかけている。

