二月文楽公演 通し狂言「絵本太功記」

二月文楽公演の第一部と第二部に行きました。通し狂言「絵本太功記」、発端の「安土城中」や秀吉の“備中高松城水攻め”を基にした「局注進」「長左衛門切腹」を含めた通しでの上演は東京では平成19年5月の国立劇場公演以来、およそ20年ぶりとなるそうだ。
太閤とは羽柴秀吉(真柴久吉)のことを指すが、本作では主君・織田信長(尾田春長)を滅ぼした明智光秀(武智光秀)に焦点が当てられ、光秀が謀反を企ててから非業の死を遂げるまでが、六月朔日から十三日の各一日を一段とした十四段で綴られている。その中から抜粋したものを二部構成で上演した。
第一部 発端 安土城中の段/六月朔日 二条城配膳の段/六月二日 本能寺の段/六月五日 局注進の段/長左衛門切腹の段
第二部 六月六日 妙心寺の段/六月九日 瓜献上の段/六月十日 夕顔棚の段/尼ケ崎の段
第一部は局注進の段と長左衛門切腹の段が興味深い。真柴久吉は備中高松城を水攻めしているわけだが、高松城主の清水長左衛門は自分の妹である玉露と恋仲にある浦辺山三郎を久吉陣営に密偵に行かせ、あわよくば討伐するように命じた。長左衛門の同志である小梅川隆景は久吉と和睦した方が得策と考え、使者として玉露と僧侶の安徳寺恵瓊を久吉陣営に送り込む。
玉露は山三郎と再会するが、山三郎は「久吉は名大将であり、とても敵わない」、よって自害を覚悟しているという。すると、玉露も一緒に死にたいという。この様子を窺っていた久吉は長左衛門に対して優位に立とうと、自害を諫め、長左衛門に宛てた書状を持って高松城に玉露とともに帰れと命じる。二人は感謝を述べて久吉陣営を去る。
一方、春長の命を受けた阿野の局が久吉陣営にやっとの思いで到着。久吉に「春長、春忠親子が光秀に討たれた」と伝え、息絶える。久吉はこのことを誰にも知れないように曲者に斬られたように見せかけた。だが、このやりとりを恵瓊がすべて聞いていた。早速長左衛門陣営にこれを伝えにいこうとすると、それを久吉は見逃さず、やりあう。そのときに、久吉が着用していた袈裟を見て、恵瓊は以前に「この男は将来天下を取る」と予言した人物であることを思い出す。そして、長左衛門と久吉の和睦を進めようと動き出す。
だが、長左衛門は久吉からの書状を受け取って読んだ末、味方を救うことを条件に自分は切腹する覚悟を決めて、久吉陣営に乗り込む。長左衛門の妻やり梅が息子を連れて後を追ったが、到着したときには長左衛門は切腹した後だった。久吉との約束通り、水攻めは収まり、安堵して死に向かう長左衛門。そこに小梅川隆景が現れ、久吉との和睦が結ばれる。そして、隆景はやり梅と息子の面倒を見ることを誓う。長左衛門は安心して冥途に旅立った。
高松城郡氏と久吉との戦いは終りを告げ、隆景の協力を得た久吉が改めて光秀討伐へと向かう…。高松城主の清水長左衛門とその家族をめぐる壮絶な物語は見応え十分だった。
第二部は夕顔棚の段と尼ケ崎の段が眼目だろう。暴君の尾田春長の短慮を再三再四諫めていた武智光秀がやむにやまれず謀反を企てた。だが、主君に楯突くことは不忠だと考えた光秀の母親であるさつきが主人公だと言ってもいい。
光秀の謀反を知ったさつきは一緒に住んでいた妙心寺を去り、摂津国尼ケ崎に暮らす。そこへ光秀の妻の操と息子十次郎の許嫁である初菊が訪れるが、さつきは「夫につくのが女の道、夫を捨てての姑孝行は道理が違う」と頑なである。だが、十次郎が初陣をすることを知ると悲しみを隠せないのは肉親ゆえだろう。
旅僧が一泊の宿を乞う。その僧を追って来たのは光秀だった。十次郎も別れの挨拶に姿を見せ、初菊との祝言を挙げることになる。討死覚悟の十次郎と初菊が夫婦固めの盃を交わす。しかし別れを惜しむ間もなく、十次郎は出陣する。光秀に強硬な態度をとるさつきも操や初菊と同様に涙にくれるのは人情だろう。
旅僧に風呂に入ってもらう。光秀はこの男が久吉だと見抜いていて、風呂場めがけて竹槍を突き刺した。だが、刺されたのは母親のさつきだった。久吉の身代りとなって死ねば、主殺しの罪が親に報いたと思い、その罪の深さを光秀は知るだろうと考えたのだ。ああ、なんということか。
だが、光秀の考えは変わらない。春長は主君とはいえ、短慮の諫めに耳を貸さず、悪逆の限りを尽くした暴君。その春長を討ち取ったのは天下のためだという熱い思いがあるからだ。
十次郎が負傷し、息絶え絶えに戻ってきた。さつきは孫までも逆賊と後ろ指を差されることが不憫でならない。操も母として十八年間育ててきた可愛さを思うと切なくて仕方がない。さらに初菊は祝言を挙げてすぐに死に別れることの無情さに堪えられない。
そういう家族の姿を見て、光秀は世の為人の為と思い行動している気持ちとは別に、肉親たちにこんな辛い思いをさせてしまっていることをすまないと思い、涙を流す。やはり光秀も人間なのだ。
光秀の罪を少しでも軽くしようと、さつきは命を捨てる。と同時に手負いの十次郎も息絶えた。二人の死を目の当たりにして操と初菊は泣き叫ぶしかない。そして、この様子を見た久吉は光秀とは改めて京都山崎の天王山で勝負を決することを誓うのだった。第一部同様、戦国武将とその家族をめぐる悲しみに胸が張り裂けそうになった。

