扇辰ばなし 入船亭扇辰「正直俥夫」「雪とん」

上野鈴本演芸場二月中席三日目夜の部に行きました。今席は入船亭扇辰師匠が主任を勤め、「扇辰ばなし」と題したネタ出し興行だ。①竹の水仙②さじ加減③正直俥夫④二番煎じ⑤鰍澤⑥雪とん⑦歳月⑧徂徠豆腐⑨小間物屋政談⑩紫檀楼古木。きょうは「正直俥夫」だった。

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扇辰師匠の「正直俥夫」。俥夫の小林正吉の人柄が良い。一日の仕事を終えた人力車の布団の下から紙入れが出てきた。すぐに最後に降ろしたお客のところに駆けつけると、ちょうど「三十円はともかく、大事な証書と実印が入っていた」ので警察に届けようと思っていたところだった。「助かった」と旦那は言い、御礼にと五円札を渡そうとするが、正吉はこれを固辞する。「当たり前のことをしただけ。足代に五十銭頂けたら」。欲がない正吉に偉く感心した旦那は「改めて御礼はします」と感謝した。

その後、神田和泉町の貧乏長屋に住む正吉のところに“紙入れの旦那”が訪ねてくる。ある人に貸した金が抵当流れとなり、10台の俥が手元に来た。自分が持っていても仕方ない。正吉に「ある時払いの催促なしでいいから、俥屋の親方にならないか」。正吉は喜んで「その話、引き受けさせてもらいます」。旦那が用意した錦町三丁目の物件で開業。自らも舵棒を握り、三年も経たないうちに借金を返し、豊かな暮らしができるようになる。

正吉が貧乏だった時代、米が買えなくて股引を質に入れて客待ちしていたところを和泉橋署の巡査が見て、「風邪をひいては妻子が困るだろう」と質屋に行って21銭で股引を請け出してくれた。巡査は「貧乏を苦にしてはいけない。陰日向なく正直に生きなさい」と温かい言葉をかけてくれた。正吉はこの恩を生涯忘れないでおこうと巡査の顔を目に焼き付けた。

その巡査を小川町で見かけた。随分と汚いなりをしていて、よろよろと歩いている。つかさず「あのときの和泉橋署の巡査では」と問うと、その通りであった。巡査はあの晩、署の戻るのが遅くなり、事情を話すと、署長は「私情に駆られ、公の職務を疎かにした」と叱咤、それに対し巡査は反論してしまった。それが原因かはわからないが、免職になったという。

水清ければ魚棲まず。世の中は表もあれば裏もある。学問で身を立てようと友人の家に身を寄せ、勉学に励んだが、体を壊してしまったという。正吉は情け深い旦那が免職なんて…と悔しがる。「山と山は出会わぬが、人と人はこうして出会うもの。我が家に来てください」と、元巡査を俥に乗せて錦町へ。

自宅には神棚の隣に「あの股引」が祀られ、「旦那と思って朝に晩に拝んでいた」。そして、あのときの言葉「貧乏を苦にするな。正直に生きろ」をいつも忘れずにいたという。正吉は二階が空いているから、家賃などいらない、どうぞ使ってくれと、あのときの恩返しをする。情けは人の為ならず。落ちぶれて袖に涙のかかるとき、人の心の奥ぞ知らるる。寒い冬の噺だが、心温まる素敵な高座だった。

上野鈴本演芸場二月中席六日目夜の部に行きました。今席は入船亭扇辰師匠が主任を勤め、「扇辰ばなし」と題したネタ出し興行。きょうは「雪とん」だった。

「狸札」林家うどん/「手水廻し」入船亭扇兆/太神楽 鏡味仙志郎・仙成/「牛ほめ」柳家やなぎ/「親子酒」入船亭扇好/浮世節 立花家橘之助/「もぐら泥」入船亭扇橋/「時そば」隅田川馬石/中入り/カンカラ三線 岡大介/「睨み合い」林家彦いち/紙切り 林家楽一/「雪とん」入船亭扇辰

扇辰師匠の「雪とん」。日本橋小網町の船宿に厄介になっている田舎のお大尽の息子、庄之助の純朴が良い。本町二丁目の糸屋のお嬢様に一目惚れして、恋煩いし、「せめて盃のやりとりだけでもいい。優しい言葉の一つでも掛けてくれたら、もっといい」。これを聞いて船宿女将は糸屋の女中お清に二分を渡して口を利き、「今晩四ツ時分に三尺の切り戸をトントンと叩いてくれれば、それを合図にお嬢様のいる離れに案内する」と約束してくれたが…。

間の悪い男と良い男と男には二種類いるもので、雪積もる中、庄之助が犬に絡まれてまごまごしている間に、「お祭り佐七」と渾名される江戸前の鳶頭が偶然にも下駄の歯に挟まった雪を除こうと黒板塀にトントンと打ち付けたら、お清が「お嬢様、お待ちかねですよ」と手引きされる。「箱入り娘が男と会う約束でもしていたんだな。その男と間違われたのか。よし!」と佐七がお嬢様の相手をすることになるという…。

お嬢様もどんな田舎の野暮な男が来るのかと思っていたら、背がスラッと高く、キリッとした顔立ちの役者にしたいようないい男が来たので、顔を赤らめて震えた。炬燵に二人で入り、お酌をしたら、後は盃をやったりとったり。さらには「雪の中、大変でしょう。お泊り頂いた方が…」となり、奥の四畳半に床を延べて、佐七が布団に入ると、お嬢様が緋縮緬の長襦袢姿で現れた。佐七はここぞとばかりの裾を引っ張ると、お嬢様は嬉しそうに佐七の上に倒れ込む。あとは行燈の灯が消えて、男と女の粋な世界…。佐七、役得である。

可哀想なのは庄之助。いくらあちこちの切り戸をトントン叩いても返事がなくて、夜が明けてしまった。そして、糸屋の切り戸が開いたと思ったら、江戸前の男が出てきて、後ろからは「また近くに…きっとですよ」の声。庄之助のショックは想像に難くない。

世の中、兎角そういうものかもしれない。もてる男はとことんもてて、こういう棚から牡丹餅のような恩恵にも預かれる。もてない男はどう頑張ってももてなくて、どんなに手を尽くしても縁がない。男と女の恋模様の裏表を軽妙に表現されていて、とても粋な一席であった。