十二月大歌舞伎「丸橋忠弥」、そして「与話情浮名横櫛 源氏店」

十二月大歌舞伎の第一部、第二部、第三部に行きました。

第一部　超歌舞伎 世界花結詞

第二部　丸橋忠弥／芝浜革財布

第三部　与話情浮名横櫛 源氏店／火の鳥

「丸橋忠弥」。慶安太平記より。由井正雪の幕府転覆計画の片棒を担ぐ忠弥は、秘密が漏れないように酒浸りの自堕落な暮らしを送って、駄目な男を演じる。その胸中を察すると、胸が痛む。尾上松緑が好演した。

そのあまりの体たらくぶりは、「大事な計略の総大将は任せられない」と加藤市郎右衛門と柴田三郎兵衛が詰め寄るほどだ。そこで忠弥は二人にはそっと敵に覚られないためだと説明、正雪が駿府で兵を挙げ、江戸城内の火薬庫を爆破して城内に切り込みをかけるという蜂起の手筈を語り聞かせた…。

この話に聞き耳を立てていたのが、舅の藤四郎（河原崎権十郎）と実母のおさが（市川齊入）で、この二人の取る行動が明暗を分けるというのが、この芝居の眼目だろう。

藤四郎は「紀州家に仕官する」と禁酒の誓いまで立てるから貸した二百両が未だに返済の素振りもないことに呆れていたが、「近いうちに良いことがあり、何万両も手に入れる」と言っていたのは、こういうことかと恐ろしい企みに慄き、一刻も早く松平伊豆守に訴えなければ知恵伊豆の屋敷へ急ぐ。忠弥の女房で娘のおせつを不憫に思うが常識人としては当然のことかもしれない。

一方、忠弥の実母おさがは自害をしてしまう。忠弥が奥の部屋で息絶え絶えの母を見つけると、おさがは「自分の存在が忠弥たちの謀反の企ての足手まといになってはいけない」と言う。世間から外れた行動をする息子を諫めるどころか、どこまでも息子思いの親であることか。忠弥は「母の死を無駄にせず、徳川を倒して必ず天下を取る」と誓う。だが、すでに忠弥宅は大勢の捕手に囲まれていたのだった。

「源氏店」。和泉屋多左衛門の世話になっているお富と小悪党として生き延びた伊豆屋与三郎の再会は講談や落語でもお馴染みであり、「しがねえ恋の情けが仇」からはじめる与三郎の恨みをこめた長台詞は聴きどころで、坂東玉三郎演じるお富に対し、与三郎を市川染五郎が初演にして見事に演じていた。

今回興味深く観たのは片岡市蔵演じる番頭藤八と河原崎権十郎演じる和泉屋多左衛門だ。この幕の発端は急な雨でお富の家の軒先で雨宿りをしていた藤八を、湯屋から帰って来たお富が家の中で雨の止むのを待つように招き入れるところだ。ここで下女のおよしが買い物に出て、藤八とお富が二人きりになったときの藤八の三枚目ぶりが笑いを誘い、面白い。

以前から藤八はお富に恋心を抱いていたようで、あわよくば口説こうとするが、お富は全く相手にしないところが何ともいえない。白粉を塗るお富に「良い匂いがする」と近づき、「私は昔からこの白粉が大好きで…」と言うと、お富はそれなら塗ってあげようかとからかうのを真に受けて、顔中に白粉を塗られて鏡を見た藤八の可笑しさ。挙句には紅まで差してもらい、喜んでいる。傷だらけになったとはいえ男前の与三郎が登場する前段でこのような三枚目が場を盛り上げる演出は講談などにはない芝居独特のもので興味深い。

和泉屋多左衛門の貫禄も小悪党に成り下がった与三郎とは対照的に堂々とした物腰で芝居を引き立てている。お富がこの男（与三郎）は兄だと言い繕うが、全てを察して、与三郎と一緒に強請に来た蝙蝠安が自分の店に奉公していたことのある者の息子だと判ると、懇々と意見した上で金子を与え、真っ当な道を歩むように諭すところなど人物である。

さらにあっと思わせるのは、多左衛門が店に戻るために源氏店を去るときに、お富に渡した守り袋。そこには臍の緒書が入っていて、多左衛門こそお富の実の兄であることが判るところだ。全ては承知で親切にした多左衛門の厚情に与三郎とお富は感謝してもしきれないだろう。これまた、講談などにはない演出で良いと思った。