浅草演芸ホール十一月上席 林家つる子「芝浜」

浅草演芸ホール十一月上席千秋楽夜の部に行きました。主任を林家つる子師匠が勤める興行。初日からのネタは①ねずみ②子別れ③しじみ売り④紺屋高尾⑤絹の糸⑥妾馬⑦鴻池の犬⑧中村仲蔵⑨御神酒徳利、そして千秋楽は「芝浜」だった。
「道灌」古今亭ふみいち/「牛ほめ」林家たま平/「鈴ヶ森」林家たこ蔵/カンカラ三線 岡大介/「ガーコン」柳家小次郎/「やかん」古今亭文菊/奇術 ダーク広和/「ナースコール」三遊亭白鳥/「浮世床~本」林家うん平/太神楽 翁家社中/「親子酒」橘家圓太郎/中入り/「券売機女房」柳家わさび/漫才 ホンキートンク/「紋三郎稲荷」林家正蔵/「旅行日記」柳亭こみち/三味線漫談 林家あずみ/「芝浜」林家つる子
つる子師匠の「芝浜」。魚勝こと勝五郎とおみつの馴れ初めから導入するのが、まず良い。お得意の大家でアジを薦めているところ、おみつが用事でやってきて、「美味しそうだ。透き通った目をしているから判る」と言う。すると、喜んだ勝五郎は「わかるんだね。嬉しい。持って行きな」とプレゼントする。おみつは「買わせてもらう」と固辞するが、勝五郎の計らいを無駄にしたくなくて、「では、今度は必ず買わせてください」。勝五郎が去った後、おみつが大家に「あの人の目はこのアジにそっくりだった。綺麗な目をしていた」。
仲が良くなって、大家の家で一緒に飲んで酔っ払っていた勝五郎が、突然「ここで店じまいだ。酒飲みの勘でわかる。これ以上飲むと早起きできなくなる。俺は誰よりも早く起きて、いい魚を仕入れるんだ」。酔っ払っていても、魚屋の仕事のことを考えている…魚屋の矜持というのだろうか。それにおみつが惚れて、夫婦になったと言ってもいいだろう。
そんな勝五郎が突然、河岸に行かなくなったのは、そのプライドゆえだった。「良い魚を良い値で売りたい」というポリシー。なのに、岩田の隠居が「負けてくれ」と値切った。これが許せなかったのだ。モノがわからない家には二度と足を踏み入れない!酒に走り、河岸に行かなくなる。「明日こそ行く」と酒を飲み、朝になると河岸に行かない。酒量だけが増えていった。
そんなことが二十日続いた。おみつが大家のところを訪ねる。「あの人が河岸に行ったんです…ところが芝の浜でとんでもないものを拾ってきた」。二分金ばかりで五十両が入った革財布。勝五郎は「俺が拾ったから、俺のものだ。これで酒を飲んで、遊んで暮らせる」と言って、長屋の仲間を呼んでどんちゃん騒ぎをしているという。
おみつが言う。近頃、お酒を飲んでもちっとも美味しくないんです。以前はあんなに美味しかったのに。飲んだくれて遊んでいるあの人と一緒にいたくない。一緒にいない方がいいんじゃないか。
さらに続ける。「あの人を起こす前に戻したい。いっそ、夢だったらいいのに…」。これを聞いて大家が閃く。「それだ!夢にしよう!今なら、夢にできる。起こす前に戻せば、一生懸命働くはずだ」。おみつは躊躇う。「嘘が嫌いなあの人に嘘をつかなくちゃいけない」。大家は「嘘にしなけりゃいい。立ち直ったら、本当のことを言えばいい。それで嘘でなくなる」。
おみつは決死の覚悟で勝五郎に夢だと言い聞かせた。勝五郎は信じてくれた。心を入れ替えて働いた。得意先を取り戻し、逆に増やした。一年が経って、革財布の落とし主は現れず、お下げ渡しとなった。だが、おみつは本当のことを言えなかった。どうしても勇気が出なかったのだ。そして三年が経った。
大晦日。おみつが「話がある」と切り出し、あの革財布を持ってきた。「見ても判らない?三年前に拾ってきた五十両の財布だよ」「夢だって言っていたじゃないか」。おみつは最後まで話を聞いておくれと続ける。
本当は三年前のあの日、お前さんは河岸に行ってくれた。そうしたら、五十両の革財布を拾って帰ってきて「遊んでくらせる。河岸なんか二度と行くか」と言った。私はお前さんの一生懸命に働く姿に惚れた。お金なんか要らない。楽しそうに河岸に行って、嬉しそうに商いから帰って来て、その日あったことを愉しそうに話してくれた。幸せだった。どうしていいか、判らずに大家に相談した。夢にしろと言われ、嘘をつくことになるが、もうそれしかない。どうなっても構わないと覚悟して、夢だと言った。信じてくれた。そして、一生懸命働いてくれた。
一年後に財布はお下げ渡しになったが、本当のことが言えなかった、情けない。どう思われるか、恐くて、「明日言おう」「明日言おう」と先延ばしにした。今年の夏、お前さんが商いから帰ってきたとき言った。「おっかあ、俺は魚屋になって良かったよ。岩田の隠居がコチが美味かった、寿命が延びた気がする、これからも長生きさせてくれと言ってくれた。支えてくれたおみつのお陰だ」。十分だと思った。もう、何もいらない。今年の大晦日に本当のことを言って謝ろうと思った。嘘をついていてごめんなさい。
勝五郎が「三年、さぞつらかったろう。堪忍してくれ」。おみつが「怒らないの?」と訊くと、「罰が当たらあ」。手元に残った五十両をどうするか。年が明けて、長屋の衆に声を掛け、日頃お世話になっている感謝をこめてご馳走する。今度は堂々のどんちゃん騒ぎだ。「きょうのアジは美味しかった」「綺麗な目をしているからな」「今のお前さんも綺麗な目をしているよ」。
勝五郎がおみつに「飲んでもらいたいんだ」と酌をして、「美味しい!お酒って、こんなに美味しんだ」。そして、おみつが勝五郎に酒を酌しようとすると、「俺はいいよ。また夢になるといけない」。
つる子師匠の「芝浜」は何度も聴いているが、年を追うごとにどんどん磨かれていくのがよく判る。特に「夢にする説得力」が胸に迫り、腑に落ちる。十年後、二十年後の「芝浜」が楽しみである。


