東海道四谷怪談3夜

東海道四谷怪談3夜に行きました。

鶴屋南北が「仮名手本忠臣蔵」のサイドストーリーとして書いたのが「東海道四谷怪談」で、初演されたのが文政8年(1825年)。ちょうど今年で200年ということになる。従来の講談「四谷怪談」ではなく、この歌舞伎をベースに演芸作家・土居陽児先生が創作したのが「東海道四谷怪談」であり、一昨年に今回と同じ田辺いちかさん、神田紅純さんの俥読みでネタおろしされた。今回はその再演である。

第1夜

「浅草雷門」田辺いちか

四谷左門の娘お岩と民谷伊右衛門は結婚したが、浅野内匠頭刃傷があって以来、二人は離れ離れに暮らしている。雷門で左門が暮らしに困って辻謡いをしていたところ、縄張りを荒らすなと乞食に絡まれた。そこを伊右衛門が助けたのだが、左門は忠臣浪士に加わらず、赤穂藩に御用金を結納金に使ったことにも腹を立てていて、「婿でもなければ、舅でもない」と伊右衛門を嫌う。

そのとき、吉良家の家臣である伊藤喜兵衛は孫娘のお梅と雷門にいて、勇気ある伊右衛門にお梅は一目惚れし、「婿にしたい」と思う。そこに別の乞食が喜兵衛にすり寄って来るので銭を恵んでやると、吉良様はどちらに屋敷替えしたのかと根掘り葉掘り訊く。別れると、その乞食は貰った銭をどぶに捨ててしまう。それを見た喜兵衛は「さては赤穂浪士か」と疑いをかけるが、そこに小間物屋が助け船を出し、乞食に一分を与えて救う。そして、乞食の持っていた紙が連判状ではないかという疑いも、「ただの鼻紙」ということになる。実は乞食は奥田庄三郎、小間物屋は佐藤与茂七、鼻紙は連判状だった…。

「地獄宿」神田紅純

参道の楊枝見世の看板娘お袖が薬売りの直助に惚れる。だが、お袖は左門の養女でお岩の義妹であり、佐藤与茂七の妻だ。そして、直助は奥田庄三郎の家来。楊枝見世の向かいのおかみさんに「あのお袖という娘は貧乏で、花川戸のお灸屋、実際には地獄宿と呼ばれる女郎屋で夜は働いている」と教えられ、出掛ける。

その女郎屋では「おもん」という名で働いていたお袖。直助が指名し、部屋で会って思いを告げ、押し倒そうとする。そこへ、次の客である与茂七が現れる。おもんは「一つ寝だけはできない。武家の娘の矜持だ」と理由を話す。店の主が行燈を持ってくると、「お袖!」「与茂七さん!」。夫婦の運命の再会。早速固めの盃を交わす。その様子を傍で聞いていた直助は怒り心頭。「許せない!」と与茂七の後をつける。

「浅草裏田圃」田辺いちか

吉原裏田圃で、奥田から連判状を受け取った与茂七は大石内蔵助の許へ行くことに。そのとき、奥田の乞食の身なりを与茂七が譲り受け、逆に奥田は与茂七の着物を着たのが仇となった。与茂七憎しに直助が追いかけて来て、奥田を与茂七だと思って斬り殺してしまう。

一方、民谷伊右衛門は四谷左門に「お岩を思うがゆえに離れ離れに暮らしている」と説明し、説得しようとするが、逆に左門は「お岩の身を売ったのか!」と怒り出す始末。埒があかないと、伊右衛門は左門を殺害してしまった。その現場を直助は見ていた。「死にましたかい?…仲間ですな」と直助。二人は顔見知りなのをいいことに、口裏を合わせることにした。

夜鷹をしていたお岩と花川戸の地獄宿で働くお袖が偶然出会い、話をしながら歩いていると、二つの死骸を見つける。一つは与茂七の着物を着た奥田庄三郎。これを与茂七だと思い込んだお袖は泣き崩れる。もう一つは左門。「トト様じゃ」とお岩が泣き崩れる。そこに伊右衛門と直助が現れ、伊右衛門はお岩に「夫婦で力を合わせて仇を討とう」と誓い、お袖に直助と仮の夫婦となって与茂七の仇を討てばいいと提案。左門と与茂七(実は奥田庄三郎)は金に困ったならず者の喧嘩の末、相討ちとなり死んだと大嘘をでっちあげて供養した。

第2夜

「伊右衛門の裏切り」神田紅純

伊右衛門とお岩の間に赤ん坊が生まれたが、伊右衛門はあまり喜んでいない様子。そこへ仲間の秋山長兵衛と宅悦が小仏小平という男を連れて訪ねてくる。小平は小塩田又之丞の家来で、民谷家の秘伝の薬、ソウキセイを盗んだため、捕まえたのだ。猿轡をはめられ、押し入れに閉じこめられた。

はす向かいに住む伊藤喜兵衛の乳母お槙が、出産祝いを持ってやって来た。お岩が産後の肥立ちが良くないと聞いて、「血の道の病の薬」も持参してきた。伊右衛門、長兵衛、宅悦らで宴会がはじまるが、男が訪ねてくる。布団等の貸し賃の三分二朱と借金五両を返してほしいと言う。伊右衛門はソウキセイを「20~30両の価値がある」と言って渡すが、三分二朱は別だと言われ、お槙が払ってやる。

伊右衛門は長兵衛を連れて、伊藤家に礼に行く。お岩は貰った薬を煎じて飲むと、顔が燃えるように熱くなった。伊藤喜兵衛は長兵衛に一分金を数枚、伊右衛門には一両小判を数枚渡す。そして、孫娘のお梅が伊右衛門に恋煩いしてしまった、お岩さんという女房がいるから妾でも良いと思うが、伊藤家の家督を継ぐ男がおらず困っている、伊右衛門に婿に来てほしいが…とお梅は胸の内を明かし、剃刀を喉に当てる。慌てる伊右衛門に、さっき渡した血の道の薬は実は毒薬、孫可愛さについこのようなことをしてしまったと喜兵衛が打ち明ける。すると、伊右衛門はお岩を見限り、お梅を娶ることを承知する。そして、吉良家への仕官への口利きを条件にした。

「お岩の死」田辺いちか

お岩は顔が痛くて堪らない、さらにモノが見えにくくなる、そして顔はただれて恐ろしい形相となった。伊右衛門が戻り、お岩と離縁するために酷い言葉を浴びせる。「お前の父の仇討ちなど、もううんざりだ」と言って、宅悦と不義をしているのではないかと疑い、「出ていけ!」と怒鳴る。宅悦がお岩に鏡を渡すと、お岩は自分の顔にビックリする。「口惜しい。うらめしいのは伊右衛門…」。宅悦は逃げる。伊右衛門は今度はお岩と小平の不義密通を疑い、小平の持っていた短刀でお岩と小平を刺し殺す。そして、杉戸板に二人の死骸を張り付け、川へ流した。これで安心して、お梅と内祝言を挙げた伊右衛門だったが、その晩にお岩の幽霊がお梅を、小平の幽霊が喜兵衛を襲い、伊右衛門は両者の首をも刎ねてしまった。

「隠亡堀」神田紅純

娘のお梅と父親の喜兵衛を殺されたお弓は「伊右衛門、憎し」で遺恨を晴らそうと、乳母のお槙とともに伊右衛門を探している。そこで息子の小平が殺されたと言って杉戸板を探している仏孫兵衛と出会う。お弓が大切にしているお梅が持っていた守り袋を鼠が現れて奪い取って、干潟に埋まってしまった。それを拾おうとして、お槙が干潟に沈んでしまった。

そこに権兵衛と名を変えて鰻搔きとなった直助が現れる。鰻搔きの先に髪の毛と鼈甲の櫛が引っ掛かった。この櫛はお岩が大事にしていた菊の透かし彫りの入った櫛である。この隠亡堀にお岩がいるのか。さらに伊右衛門とその母親のお熊がやって来る。お熊は吉良家で飯炊きをしていた女で、吉良様が浅野内匠頭の妻に横恋慕する手引きをした手柄で褒美の書付を持っている。今は深川寺町で仏孫兵衛と所帯を持っている。「伊右衛門は死んだ」と世間を騙すために、俗名民谷伊右衛門と書いた塔婆をこの堀に持ってきた。

直助が伊右衛門を見つけ、「お久しぶりです」と声を掛ける。左門殺害の件で口裏を合わせていた二人だ。しばらく釣り糸を垂れていた伊右衛門は大鯰を釣り上げ、その勢いで塔婆を倒してしまった。この騒ぎで気絶していたお弓が正気づく。塔婆を見て、「伊右衛門は死んだのか」と直助に問うと、伊右衛門から入れ知恵された直助は「伊右衛門は病死した。お梅と喜兵衛を殺したのは秋山長兵衛だ」と答える。

だが、そこに秋山自身が現れ、伊右衛門の背中を突いた。「なぜ、俺のせいなのか」と責められ、伊右衛門は母親のお熊の持っていた書付を渡し、「これは金になる代物だ。路銀に変えて、どこかへ逃げてくれ」。

今度は釣り竿に杉戸板が引っ掛かった。片面にはお岩の死骸が張り付いている。そして裏面には小仏小平の死骸が…。逃げようとする伊右衛門にぶつかる男がいた。これが佐藤与茂七。伊右衛門の味方をする直助を含め、大立ち回り。この動きの中で、連判状は直助の手に渡った…。

第3夜

「深川三角屋敷」田辺いちか

深川法乗院前で暮す直助とお袖は左門の仇を討つために一緒になった仮の夫婦で、直助はお袖の肌を知らない。鰻搔きから帰ってきた直助がお袖に拾ったものがあると言って、仇討ち連判状と菊の細工がされた鼈甲の櫛を見せ、櫛をお袖に渡す。按摩の笛が鳴ったので、呼ぶとそれは宅悦。地獄宿時代にお袖が直助を嫌っていたのを知っていたので、驚く。そして、お袖の髪に挿した櫛を見て、南無阿弥陀仏と拝みだす。非業の最期を遂げたお岩の形見だと言うのだ。そして、お岩を殺したのは民谷伊右衛門だという噂を口にする。

お袖は父の左門、夫の与茂七、そして義姉のお岩まで殺した伊右衛門が憎い。欠けた茶碗で直助と夫婦固めの盃を交わす。伊右衛門に仇討するためだ。操を捨てて、操を立てると決意したのだ。そこへ、死んだはずの与茂七が訪ねてくる。隠亡堀で直助が持っていた鰻搔きに書かれた住所を見て、やって来たのだ。直助がお袖は俺の恋女房だと言うと、与茂七はなぜ再縁したのか?とお袖を責める。そして、「くれてやる」。「小間物仲間の書付」と交換条件を出した。赤穂浪士の連判状だ。

「与茂七は浅草裏田圃でばらしたはず」と戸惑っている直助に、お袖は「頼りになるのはお前さん」と言って、与茂七に酒を飲ませて寝かせ、行燈の灯が消えたのを合図に殺すよう手引きをする。その一方で、お袖は与茂七に対して「赤穂藩仇討本懐成就のため」を思い、直助を酔わせて寝かせ、行燈の灯が消えたのを合図に殺すよう手引きをする。果たして、右から直助の出刃包丁、左から与茂七の刀が寝間を襲い、息絶えたのはお袖だった。「生きていたとは知らねど、それは私の申し訳にすぎない」…。

与茂七の着物を着た奥田庄三郎を殺したことを直助は知る。奥田は直助の主人だ。また、お袖が大事にしていた守り袋を見て、お袖は本宮三太夫の娘で、直助の血を分けた妹であることも判る。直助は「俺は人の皮を着た畜生だ」と言って、自害する。これを見た与茂七は「来世で成仏しろ」と念仏を唱えた。

「小塩田隠れ家」神田紅純

仏孫兵衛はお熊と所帯を持ち、患っている主人の小塩田又之丞を預かり、世話をしている。また、孫兵衛の息子である小平は又之丞の病を治す薬、ソウキセイを求めていたが、行方知らず。実際には伊右衛門に殺されたのだが、そのことを孫兵衛は知らない。暮らし向きが良くないため、又之丞に恩義もないお熊は小平の妻のお花と孫の次郎吉に蜆売りや玉子売りをさせている。

そこへ赤垣源蔵が又之丞を訪ねてやって来る。人払いをさせて、討ち入りが近いことを報せた。又之丞も病が癒えて仇討に加わりたいと願う。赤垣は又之丞に準備金の五両を渡す。そこに質屋の庄七がやって来て、貸してある布子、掻巻、布団を返せと言う。さらにソウキセイを盗んだのではと疑う。そして、目の前のあった五両を要求する。見かねた赤垣が六両を放り投げ、庄七を追い払った。赤垣は「盗人ではないとは思うが、赤穂浪士にあらぬ疑いをかけられる人間がいるのは困る。身の不運と思って、仇討は諦めてくれ」と言って、去って行った。

又之丞は切腹を決意し、刀を腹に当てる。すると、小平の幽霊が現れ、それを止める。そして俗名小仏小平と書かれた位牌とソウキセイが残された。次郎吉が「父を殺害したのは民谷伊右衛門。そのソウキセイを服用なし、仇討本懐を遂げよ」と憑りつかれように喋る。果たして、又之丞がソウキセイを服用すると、みるみるうちに全快。立ち上がることができた。

「伊右衛門の最期」田辺いちか

七夕。伊右衛門が長兵衛を連れて鷹狩りに行くと、民家に一人の女がいるので、鷹の行方を訊く。それをきっかけに、酒をやったりとったり。あなたの名は?と問うと、短冊が一枚舞って、そこには「瀬をはやみ岩にせかるる滝川のわれても末に遭わんとぞ思う」と書いてある。その女は…岩!というところで、夢だと判る。

伊右衛門とお熊の母子のところに吉良家の小林平八郎が訪ねてくる。息子の仕官の話だと思い、お熊は吉良家時代に貰って伊右衛門に預けておいた書付を出すように伊右衛門に言う。すると、伊右衛門は秋山長兵衛に預けてあると言う。伊東家殺しの口封じのために交換条件として渡していた。

俗名岩と書かれた塔婆に柄杓で水をかける伊右衛門。すると炎が立ち、赤子の重みを感じる。生きておるのか?…赤子は無数の鼠となって散った。これもまた夢だった。

秋山長兵衛が訪ねてくる。書付を返してほしいと伊右衛門が言うと、「俺は伊藤家の人間を殺したと疑いをかけられた」と長兵衛は不平を言いながら、「お前は本当に吉良家に仕えるのでいいのか」と念を押す。「そうだ」と答える伊右衛門に対し、「書付は小林様に渡した。伊藤家を殺したのは伊右衛門だ。悪く思うなよ」と長兵衛が言うと、捕手が伊右衛門を取り囲んだ。

母のお熊が「わしも連れていってくれ」と言うので、伊右衛門はお熊を背負う。すると、お熊は「もうよいのじゃ。立身出世も、仇討ももうよいのじゃ」。「ただの伊右衛門。ただの岩」…背負っているのはお岩だった…。これも夢か。

佐藤与茂七が「伊右衛門、覚悟!」と袈裟懸けに伊右衛門を斬った。「与茂七が討ち取ったぞ。岩殿、成仏なされ」。

2年前の初演から「色々と手を加えた」と紅純さんといちかさん。作者である土居陽児先生も「前回より精度が上がっていた。作者としては演者の手に渡ったら、あとは自由に変えて演っていただいて良いと思っています。寧ろ、嬉しい」とおっしゃっていた。またいつになるか判らないが、再々演がある日を楽しみにしたい。