兜町かるた亭、そして京極夏彦 浪曲巷説百物語 真山隼人「冥途の飛脚 封印切」「巷説百物語~小豆洗いの巻」

兜町かるた亭に行きました。

「通天閣の焼肉屋」「冥途の飛脚 封印切」真山隼人・沢村さくら/中入り/「狩野芳崖 仁王捉鬼図」神田織音

隼人さんの「封印切」。この会の主催者である浪曲作家の土居陽児先生の作。歌舞伎の「恋飛脚大和往来」で知られるが、近松門左衛門の原作は忠兵衛の友人の八右衛門が友人思いなのに対し、現在演じられる文楽や歌舞伎では八右衛門を徹底した悪人に描いている。土居先生はオリジナルのほうがいいと思って、「男と男の友情の物語」として書いたそうだ。僕もこの方が好みだ。

亀屋忠兵衛は梅川を身請けしたいが、田舎の大尽が身請けしそうなので、丹波屋八右衛門に届けなければいかない50両を「身請けの手付」に使ってしまう。そのことを判っている八右衛門は「これきりにしろよ」と言い、忠兵衛が義母の妙寛の前で50両に見せかけた“瓶水入れ”を八右衛門に渡し、目で合図する。八右衛門は「確かに受け取った」と、受け取りを書いてその場をしのいだが…。

今度は堂島に届けなければいけない300両を自分が大和から亀屋に養子に来たときの持参金だと偽って、身請けをしようとする。八右衛門は必死に「頭を冷やせ。返すところに返せ」と忠兵衛を説得するが、見栄っぱりな忠兵衛は酔った勢いもあって言うことを聞かない。梅川もそれは判っていて、「八右衛門さんに謝りなさい。忠兵衛さんが悪い」と言うが、忠兵衛は封印を切り、「受け取れよ!」と虚勢を張ってしまう…。

後になって、「あれは届けるはずの為替の金…」と自分のしてしまったことに震える忠兵衛。梅川に対し、「地獄に堕ちる前に一緒に逃げてくれ」と言うと、梅川は「この世で添え遂げられなくても、あの世で添い遂げましょう」。二人は大門をくぐり、新町橋の下に流れる川を見つめる。川面には月が映っている…というところで終わった。梅川も惚れた弱みなのだろうが、もう一度引き返してやり直す術もあったのではないか…と思ってしまうのである。

「浪曲 巷説百物語 小豆洗い」に行きました。

「京極夏彦物語」真山隼人・沢村さくら/鼎談 京極夏彦・真山隼人・杉江松恋/中入り/「巷説百物語~小豆洗いの巻」真山隼人・沢村さくら

「小豆洗いの巻」。京極夏彦先生の原作が素晴らしいのは勿論だが、その世界観をそのままに浪曲で表現している真山隼人と沢村さくらコンビの凄さを思った。

越後。僧侶の円海が激しい雨の中、道に迷い、ようやく辿り着いた小屋。伍兵ェという老人の小屋に何人もの男女が集い、百物語が始まる。一つ目はおぎんという傀儡師の女が語る二歳年上の姉、おりくの話だ。十五歳だった姉は隣村の大尽に嫁ぐことが決まった。その婚礼の前日に姉妹は山に登った。すると、山猫が姉を鋭く見つめ、姉は動けなくなってしまった。そして祝言の席から突然、おりくが消えてしまう。探すと、山の石の上に固まっていた。連れ戻して、祝言を挙げようとするが、また姿が消え、山の石の上に。そんなことが何回も続き、縁談は流れてしまった。妹のおぎんが姉のおりくに「本当のことを教えてほしい」と言うと、「私には思い焦がれた人がいる」と言う。それが誰なのかは判らなかった。やがて、何も食べないおりくは飢え死にしてしまった。その死骸の傍には山猫の毛が沢山落ちていたという。

この話を聞き、震える円海。何か物音がする。小豆を磨いでいるような音だ。御行という男が「小豆を磨ぐ音が聞こえると、水にはまるという迷信がある」と言う。物書きの百介が興味深く聞いている。

百物語の二つ目は商人が語った。自分は日本橋の備中屋徳右衛門だという。子に恵まれず、跡取りをどうしようかと考えていたが、生まれもっての守銭奴で人を信用できないという。番頭の辰五郎はよく働くが、何を考えているのか判らない。そこに13歳になる弥助という小僧が奉公に入った。頭が少し悪いが、純朴で可愛がった。すると、他の奉公人が信じられずに首にしてしまった。

この小僧は特殊な能力を持っていて、升に小豆を盛って、その小豆の数をピタリと当てることができた。それを知った大名に呼ばれ、それを披露すると、殿様は大層喜んだ。徳右衛門は「弥助に身代を譲る」ことにした。祝いに大名から貰った小豆を炊くことになり、弥助は「小豆を磨いでくる」と言って姿を消して以来、戻ってこなかった。数日後に奉行から呼び出されると、川に溺れて死んだ弥助の死体があった。

以来、夜になると小さな小僧が小豆を磨いで、「小豆磨ごうか、人獲って食おうか、ショリショリ」という怪しげな声が聞こえるようになった。弥助を殺したのは番頭の辰五郎だった。石で頭を殴り、井戸に放りこんで溺死させた後、川に流したのだった。下手人として辰五郎は死罪になった。徳右衛門は弥助と辰五郎の二人の菩提を弔うために、店を二番番頭に任せ、旅に出ているのだという。

百物語が終わった翌朝。円海が死んでいるのが発見された。小豆洗いの音が聞こえると水にはまる。その迷信通りに円海は死んだ。御行が言う。「弥助とおりくが呼んだんだ」。実は伍兵ェの娘がおりくで、息子が弥助だった。備中屋などという店は存在しない。辰五郎は山賊で、おりくを拐し、弥助を殺した悪党だったのだ。その後、辰五郎は円海という僧侶に出家して身を眩ませていた。それを見抜いた伍兵ェや御行らが百物語という形を取って辰五郎に仇討をしたのだったという…。

実に巧妙なミステリーを見事に浪曲の世界に違和感なく、いや寧ろ効果的に聴かせてくれた。京極夏彦先生と真山隼人さんのコラボレーション、今後も注目である。