談春塾 立川談春「妲己のお百」、そして真夏のビックショー 柳家喬太郎「稲葉さんの大冒険」

「談春塾~立川談春勉強会」に行きました。「ろくろ首」と「妲己のお百」の二席。
「妲己のお百」。主人公、深川芸者の美濃屋の小さんについて、軽く説明をして噺に入っていくのが後で効いてくる。本名はお百。大坂雑魚場(ざこば)の生まれ、川口屋徳兵衛を本妻から奪ったが、後に殺害。さらに秋田佐竹藩の殿様の愛妾となった経歴もあるが、悪事を重ねて、今は深川で辰巳芸者をしている。中国の故事に倣い、その毒婦ぶりから「妲己のお百」と渾名されている。
冬。小さんがちびちびと酒を飲んでいると、門付けの音が聞こえてくる。「本寸法だ。いいねえ」と、訪ねていた箱屋の半助に言ってその門付けに祝儀を渡し、家にあげる。母子。娘は良い器量だが、母は盲目のようだ。半助が母の顔を見て、「太田屋の峰吉さんじゃないか」と言う。
そうだった。かつて深川で売れっ子芸者だった峰吉は、春日部の大尽、大黒屋卯兵衛という穀物問屋の主人のところに女房として迎えられた。しかし、主人はとんでもない遊び人で、身上を潰してしまった。娘のおよしと二人で春日部を離れ、江戸へ出たが、元の芸者には戻れず、木賃宿を転々としながら門付けをしている暮らし。気病みから目が見えなくなってしまった。
小さんは「良かったら、二階が空いている。住まないか?」と誘う。着る物、食べる物も与えてあげるという。まさに地獄に仏である。峰吉とおよしはこれを有難く受ける。さらに、小さんは麹町に小川先生という目では権威の医者がいるので、紹介した。診せると、「これは気の病で、治る」という。半年ほど出養生して治しなさいと言ってくれた。10日して、峰吉からおよしに手紙が来た。「目の霞が消えて、白い黒いの区別がつくようになった」。
小さんのところに男が訪ねてきた。「峰吉はいないか?」と訊く。春日部の大黒屋卯兵衛は病死したが、本家から分家したという甚吉というその男は「峰吉が深川にいるらしい」という噂を聞いて出てきたのだった。峰吉に百両貸した証文を見せ、返せないなら娘のおよしをカタにする約束になっているという。小さんは「明日までに百両拵える」と甚吉を返すが、翌日になっても百両が出来ているわけがない。
およしは言う。「もういいの。母の借金は私の借金。母をよろしくお願いします」。達磨の善六という女衒が仲に入り、およしは三浦屋に二百両で売れた。だが、それは全て小さんが書いた筋書きだった。
目が良くなったと峰吉がやって来た。「およしはどこに?」。小さんは「贔屓客の蔵前の札差しの旦那の一人娘に遊び相手がほしいと言われ、そのお嬢様のところにいる」と嘘をつく。それでも、峰吉は「およしに会いたい。目が良くなった姿を見てもらいたい」と言う。小さんは「手紙を書いて、およしに来てもらうようにする」と言うが、手紙など書くわけがない。
峰吉は「およしに会えるまで」と二階に居座った。小さんは「およしは今の暮らしが楽しいのに違いない。お前さんは目を治すことが肝心じゃないか」と言うが、峰吉は言うことを聞かない。そのうち、小さんは食べる物も与えなくなる。「白いおまんまは目に悪いと聞いている」。峰吉はうなされて、夜に目が覚める。「およしはまだ帰りませんか」。心労が重なり、何も食べないから目は悪くなる一方だ。小さんは「五月蠅い!静かにしろ!」と折檻する。泣く峰吉。泣き腫らして、何も見えなくなってしまった。小さんは思う。「仕方ない。一服盛るか」。
ある日、小さんのところに秋田小僧の重吉という男がやって来た。秋田佐竹藩にいた頃に、お百の亭主になった旅回りの小間物屋、美濃屋十兵衛。実は新井無宿の彦五郎という大泥棒で、その子分が重吉だ。「親分があと半年もすれば江戸へ戻れると言っています」と報告。そして、「五、六日ほど、ここで骨休めさせてくれませんか」と頼む。
そのときに二階から聞こえる峰吉の奇声。「あれは何ですか?」と重吉が訊くので、小さんは事情を話す。そして、切り出す。「あのババアをばらしてくれないか」。10両くれてやる。お前の女房が高崎の女郎屋にいると聞いた。それも身請けしてやる。人殺しは過去にもしたことのある重吉。これを受けた。
小さんが峰吉に言う。「峰さん、およしのいる場所がわかったよ。蔵前じゃなかった。お嬢様が綾瀬の寮で静養するので一緒にいるんだそうだ。道理で手紙が届かないわけだ」。そして、「旦那のところの若い衆で重吉さんという人が来てくれたんだ。手紙を届けてもらえば、明日にはおよしにここへ来る。だけど、良かったら綾瀬までご案内しますって言ってくれているの。どうする?今すぐ会いたいかい?」。およしに会いたくて仕方ない峰吉の気持ちを利用して、誘き出した。
重吉は峰吉を連れて、綾瀬に向かう。雨が降っている。土手はぬかるんでいる。四つの鐘がなったとき、重吉は手拭いを懐から出し、峰吉の首を絞める。「俺を恨むなよ。金に恨みがあるんだ。悪い夢を見たと思って諦めろ」。峰吉は必死に抵抗し、「知らずに預けた私が馬鹿だった…助けてください」。峰吉がぬかるみに転び、四つん這いになる。そこを重吉が匕首で刺す。「観念しろ!」。重吉は死骸をズルズルと運び、綾瀬川へ投げ込む。返り血を洗い、風呂敷から新しい着物に着替える。すると、人魂が重吉の頭の上をくるくる回り、そして吉原の方角へ。
重吉は駕籠屋がいたので、深川まで頼む。だが、いくら経っても着かない。「ここは蔵前じゃないか!」。また駕籠を進める。「吉原土手じゃないか!」。気味が悪いので、駕籠を降りてくれと言われた重吉。そこに立っていたのは、ずぶ濡れになった峰吉だった。「重吉~」と言って、峰吉が目を見開いた。さて、恐ろしき執念じゃなあ。背筋が凍るような怪談噺、素晴らしかった。
「真夏のビックショー」に行きました。
「令和が島にやってきた」林家きよ彦/「猫と金魚」三遊亭萬橘/「大山詣り」柳亭市馬/中入り/漫談 寒空はだか/「稲葉さんの大冒険」柳家喬太郎
喬太郎師匠の「稲葉さんの大冒険」。三遊亭円丈作品。「ファッションヘルス マニファクチャー」のティッシュを受け取った真面目なサラリーマンの稲葉さんの格闘が面白い。
日能研に行く小学生、タロウ君とミコちゃん。女の人の裸の写真を見て、「ミコちゃんも将来、こういうところで働くのかなあ」「働いたら、指名してね」という会話が愉しい。公衆トイレに捨てようとして、掃除のおばちゃんが見つけて、「私が若かったら…でも、最近は熟女専門もあるし…」と悩むのも面白い。
公園の松の木の根っこのところの土を掘って、ティッシュを埋めようとする稲葉さん。「ごめんね…勇気がなくて…」の台詞が良い。そして二丁目の長谷川老人との出会い。飼い犬の散歩をしている老人のエキセントリックというか、ハイテンションというか、この人物造型は喬太郎師匠が唯一無二だ。
ガーディニングが趣味で養分たっぷりの土を欲しがっている、いや釣りが趣味で餌にするミミズを掘っている、いや松の木そのものを抜いて持ち帰ろうとしている…どんどんと長谷川老人の妄想が膨らんでいくのが可笑しい。
シャベルで土を激しく掘る仕草だけでも笑えるが、松の木を稲葉さんに縛り付けるときの「庖丁人味平」白糸ばらし!と言って、桂枝雀「宿替え」オマージュ演出だとするのは抱腹絶倒である。