お客様のおかげで昨年の企画が受賞理由になりました。なので、今年の企画のネタもお願いします 柳家喬太郎「偽甚五郎」「抜けガヴァドン」

上野鈴本演芸場七月上席五日目夜の部に行きました。今席は柳家喬太郎師匠が主任を勤め、「お客様のおかげで昨年の企画が受賞理由になりました。なので、今年の企画のネタもお願いします」と銘打った特別ネタ出し興行だ。きょうは古典落語部門第3位の「偽甚五郎」だった。
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喬太郎師匠の「偽甚五郎」。甚五郎を騙っていることが判っても、本物の甚五郎は偽物の甚五郎を厳しく責めることをしない。魂のこめ方に歪みがあるのであって、その腕は確かだと褒め、自分の本当の名前を名乗って堂々と胸を張って生きていきなさいと諭す。この寛容が実に良い。
甚五郎は山中で山賊に遭い、身ぐるみ剥がされて褌一本でガタガタ震えているところを源左衛門に助けられた。屋敷の離れで三度三度の食事に酒を提供され、「しばらくはゆっくりしなさい」と歓待される。名前を訊かれたが、「甚助」と名乗った。
奉公人の六助によれば、この屋敷の離れにはもう一人客人がいるという。「左甚五郎先生という名人だ。旦那が好きな鯉を彫ってもらおうと、ここ十日ばかり逗留してもらっている」。甚助は興味をもって、その離れを覗くと酒、肴など美味いものを並べて“甚五郎先生”がくつろいでいる。甚助は思う。魂をこめるのに十日もかかるだろうか。一日集中すれば十分だ。それに、ノミも持たずに酒を飲むとは大層な“魂のこめ様”だ。
もうしばらくすれば鯉が完成するという。源左衛門は完成間近の鯉を見て、「さすが、甚五郎先生。良い出来だ」と感心する。それを聞いて、甚助は「良い出来だが、この鯉は死んでいる。生きていない」と言う。甚五郎先生は「余計なことを言うな」と憤るが、甚助は「噂に聞く甚五郎先生は大した彫り物師ではないようだ」。「お前に出来るのか?」「作ってみたい心持ちだ」「作って見せてくれ。それがわしのものより立派なら頭を下げる。出来るなら彫ってみろ」。
源左衛門も承知し、「出来るなら、やってみてくれ」。甚助は「やってみますかな。五日の猶予をください…それから、良いものを拵えたいから、好きなときに好きなだけ好きなように酒を飲ませてください…この甚五郎先生と同じ良い酒の方で」。
甚助は酒を飲んではゴロリと横になり、また酒を飲んでは寝る。四日が経った。「鋭気が養えた。精魂をこめるのは一日が限度だ。誰も寄せ付けるなよ」。そう言って、人が変わったように鬼の形相でコツコツ、一心不乱に彫り出した。そして、翌朝。「六助さん、出来たよ」。
“甚五郎先生”と甚助が彫った二つの鯉が並ぶ。“甚五郎先生”の鯉は息を飲むような出来で、「100両では安いくらいだ」。一方の甚助の鯉は「干物か!」と言いたくなる、子どもでも作れるようなもので、ガッカリした。「これは彫り物じゃない」。
すると、甚助が言う。「鯉は畳の上にいるべきものか?」。盥に水を張って持って来てもらう。そこに“甚五郎先生”の鯉を浮かべると、腹を上にして死んでいるよう。ところが、甚助の鯉は鱗の一枚一枚に光が差し、跳ね上がるような勢いがある。「鯉は水に入れて、初めて鯉。違いますかな?」。“甚五郎先生”は「参りました」と頭を下げ、「このような日が来るのではと怯えていました。申し訳ございません。私は叩き大工の久蔵というものです。自分の腕を過信して、甚五郎と騙って、方々で金を騙し取っていました」。
「あなたの本当の名は…左甚五郎先生?」「私は甚五郎であっても、先生ではない。山賊に名前まで奪われてしまったが、ようやく名前が戻ってきました」。そして、久蔵に言う。「あなたは腕、魂、心もある。ただ、魂のこめ方に歪みがある。どうだ、上手かろう?という気持ちがある。本当の名前を名乗って、自分の腕で商売すれば、皆が認めてくれるはず。堂々と胸を張っていきなさい」。
源左衛門が本物の甚五郎に「この鯉、100両でお譲りいただけますか?」。すると、甚五郎は「わしが甚五郎に戻るきっかけを作ってくれた久蔵さんに申し訳ない。二人で100両。半分の50両は久蔵さんにあげてください」。
甚五郎と偽甚五郎の二つの鯉で一対。これを殿様が千両で買い取りたいと言って来たが、「下々の人たちに見せてあげたい」と一カ月の猶予をもらい、近郷近在の人々に見てもらったという…。名人譚として非常に優れた作品である。
上野鈴本演芸場七月上席六日目夜の部に行きました。今席は柳家喬太郎師匠が主任を勤め、「お客様のおかげで昨年の企画が受賞理由になりました。なので、今年の企画のネタもお願いします」と銘打った特別ネタ出し興行だ。きょうは新作・改作落語部門第3位の「抜けガヴァドン」だった。
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喬太郎師匠の「抜けガヴァドン」。土台にしっかりと古典落語「抜け雀」がある上でのウルトラマンワールドへの改作が実に愉しい。元々、円谷プロのスタッフが「抜け雀」を参考にして、ガヴァドンという怪獣を創作したのではないか?と思わせるところに、喬太郎師匠のすごさがある。
小田原宿の宿に毎日三升五合の酒を飲んで一カ月の長逗留をしている絵師は「わしは一文無しだ」と爽やかに高笑いをして、滞った勘定5両を「仕事で払う」と言う。そして、裏の空き地にある新しい土管に目をつけた。「これは旅の土建屋がやはり文無しで拵えたもの」と拒む宿屋主人を押し切り、土管に墨で絵を描いた。
三角形に穴が空いている。「何?ハンペン?」「葛餅?」と宿屋夫婦が言っていると、絵師は「ガヴァドンAだ」。やがて、宇宙の彼方から光線が降り注いできて、この巨大ハンペンが土管を抜け出し、実体化した。そして、グーグー寝ている。「名人かもしれないが、迷惑なんだよー!」。この噂は広まり、見物人が集まるが、見物料を取るわけでもなく、宿屋は一切儲からない。ただ、周辺の土産屋や飲食業がガヴァドンハンペンやガヴァドン外郎、ガヴァドン葛餅が売れて話題になるというのが可笑しい。
ある日、老人が見せてくれと現れる。そして、言う。「この絵には抜かりがある。土管から抜け出る勢いがある怪獣に、迫力がない。このままでは疲れて死ぬ」。老人は「わしが迫力を付けてやる」と言って、土管に絵筆を走らせる。出来上がった怪獣は「ガヴァドンBだ」。夜が明けると宇宙船からの光線を浴びて、ガヴァドンBがドクンドクンと実体化した。そして、小田原の街を壊しはじめる。「迷惑なんだよー!まだ、Aの方が良かった」。
そこにAを描いた絵師が現れ、「お父様!」。二人は親子だった。そして、残りの土管にウルトラマンを描き、実体化させた。ガヴァドンと戦うウルトラマン。(座布団を丸めた)ガヴァドンをウルトラマンが投げ倒す。市民の声は意外にも「ガヴァドンが可哀想。ガヴァドンを殺さないで!」。そして、ガヴァドンとウルトラマンは…。
御徒町の吉池の前における意味深長なサゲが、ミステリアスなウルトラマンワールドを醸し出していて、喬太郎師匠の天才ぶりを垣間見た。