談春塾 立川談春「死神」

「談春塾~立川談春勉強会」に行きました。「強情灸」「星野屋」「死神」の三席。
「死神」。稼ぎがないと女房や子どもにまで罵られ、生きていてもしょうがない、死のうと考えて吾妻橋の欄干に手をかけていた男が死神と出会うところから面白い。「金儲けをさせてやる」と言われ、料理屋の二階に上がって酒と刺身と漬物で一杯やりながら、死神は「人は寿命で死ぬんだ」と男を諭し、足元にいる死神を退散させる呪文を教え、「医者になれ」と言う。ただし、「枕元の死神には手を出すな」と言い添えて。なぜそんなことを教えてくれるのか。「お前には義理がある。恩返しがしたい。他人とは思えないんだ」。しっかりやれよと言って死神は去って行く。
男のところにすぐに診察してほしいという依頼が来る。駿河屋の主人で2年も寝たきりだという。行ってみると、死神は足元にいる。呪文を唱えたら主人は全快した。翌日、駿河屋の奉公人の甚吉が「番頭にしてくれないか。一切を取り仕切ってあげる」と頼みに来たというが興味深い。金儲けの匂いがしたのだろう。次々と診察の依頼が舞い込み、大概は死神が足元にいるから、金はうなるほど入って来た。生き神様と呼ばれた。
甚吉が「少し養生をしたらいかがですか」と進言し、彼の取り計らいで柳橋の芸者、幇間をつれて京大坂を物見遊山に出掛けた。だが、戻って来ると、家はもぬけの殻。甚吉はかみさんと全財産を持って駆け落ちしていたのだ。してやられた。
その後は舞い込む診察がことごとく死神枕元案件。金が入ってこない。ある日、鼈甲問屋の近江屋善兵衛を診てほしいと依頼がくる。10日もたせてくれれば千両払うという。喉から手が出るほどほしい。だが、死神は枕元だ。男は機転を利かせて善兵衛の寝ている布団を上下逆さまにして、死神を足元に置いて呪文を唱えた。善兵衛は全快した。
男の前に死神が現れる。杖を握らせられ、目を瞑ると、地面の下に案内された。そこは夥しい蝋燭が広がる部屋だ。蝋燭は人の寿命。今にも消えそうな蝋燭がお前の寿命だ、近江屋の爺さんと取り替えてしまったのだと説明される。「枕元は触るな」と言ったろう。人は必ず死ぬ。お前は吾妻橋で死のうとしていたのだから、よいではないか。
男は「ちゃんと生きたいんだ、人の為になるようなことをしたい、助けてくれ」と言う。死神は「そう思っただけで偉い。人は生まれりゃ死ぬんだ」。男が「あなたと会ったとき、義理がある、他人とは思えないと言っていたじゃないか」とすがると、仕方なく死神は燃えさしを渡してやる。これに火をつけて繋げなくちゃいけない。難しいぞと死神が言う横で、男は火を繋げることに成功する。
死神は驚いた。「初めて見た。布団の四隅を持って半回転する奴はこれまでにも何人かいた。お前だけじゃない。でも、燃えさしに火を繋げることができたのはお前が初めてだ…しっかり生きろよ」。
死神は責任をとって消えなくてはいけない。最後に言い残す。「お前はきっとあの時に死んでおけば良かったと思うに違いない。幾つまで生きるか判らないが、そのうちに体が動かなくなり、友達もいなくなる。金だけが残る。あばよ!」。
男は真の闇の中、転ぶ昇るを繰り返して蝋燭の部屋から脱出することができた。闇夜に星が見えた。場所は吾妻橋。死のうとしている男を見つける。自分は他人から見えていないようだ。そうなのだ、男は死神になったのだった。死のうとしている男に近づき、その男だけ死神である自分が見えるように術を掛ける。それは以前に自分が死神にされたのと同じことだった。
「死ぬのは思ったより辛いぞ。生きるのも辛いけどな。金に困っているなら、医者になれ…とても他人とは思えないんだ」。輪廻転生というのであろうか。死神に救われた男が、今こうして死神として別の男を救おうとしている。人間の命の重さと金の重さを天秤にかけるという発想の面白さもそうだが、談春師匠がこの「死神」という噺にとても深い意味を持たせている。良い高座だった。