五月文楽公演「芦屋道満大内鑑」

五月文楽公演第一部「芦屋道満大内鑑」を観ました。

加茂館の段/保名物狂の段/葛の葉子別れの段/信田の森二人奴の段

どうしても「葛の葉」ばかりが注目されてしまうが、加茂館や保名物狂の段があることで、安倍保名と葛の葉の関係性がよりクリアになり、一層興味深く観ることができた。

天文学者の加茂保憲が亡くなり、弟子である芦屋道満と安倍保名のどちらに秘書「金烏玉兎集」を伝授して後継者にするか。この争いが背景に頭に入っているとわかりやすい。加茂の後室は兄の岩倉治部の娘婿が道満なので、当然道満に譲りたいと考える。一方、保憲の養女の榊の前は保名と恋仲にあり、当然保名が後継者になってもらいたい。

「金烏玉兎集」が保管された箱の鍵は榊の前が預かっていたが、後室が榊の前の寝室に忍びこみ、合鍵を作って書を盗み取ってしまった。どちらが後継者になるか御籤を引いて決めることになったが、その前に「金烏玉兎集」を保憲の霊前に供えようということになり、榊の前が箱を開けると、中は空っぽだった。後室が盗んだから当たり前だが、ここぞとばかりに後室が榊の前に罪をなすりつけ、保名も同罪と引き立てられる。

保名は身の言い訳に切腹しようと刀を抜いたが、榊の前がこれを奪い取り、自らの喉に突き立て、自害してしまう。榊の前は継母が書を盗んだことを感付いていたが、それは口にせずに、身の潔白を訴えて果てたのだ。だが、保名はこれを見て、発狂してしまう。

発狂した保名が彷徨い着いたのが信田の森だ。榊の前の妹である葛の葉姫が姉の身の上を案じて信田の社に祈願に来ていた。そこで保名は葛の葉姫と出会う。榊の前に生き写しの姫を見て、保名は抱きつこうとした。保名の家来の与勘平が葛の葉姫に事情を説明し、姫が優しい言葉を保名にかけると保名は正気に戻り、榊の前と葛の葉姫が姉妹であることを知る。そして、二人の間に恋が芽生えるのだ。

岩倉治部の家来の石川悪右衛門が狐狩りをして、白狐を追いかけてきた。その白狐を哀れに思い、保名は匿ってあげた。実は悪右衛門は以前より葛の葉姫に横恋慕していて、そこにいた姫を連れ去ろうとする。保名は姫を庇い、与勘平とともに逃がしてあげるが、保名は悪右衛門と大勢の家来に打ちのめされてしまった。そのときに介抱してくれたのが、保名の身を案じて引き返してきた葛の葉姫だった…。だが、それは本物の姫ではなく、助けてもらった白狐が化けていたということが「葛の葉子別れの段」で判るという仕掛けだ。面白い。

その葛の葉姫と保名は夫婦となり、童子を一人もうけた。信田の森の出会いから6年後、童子は五歳になっている。保名の居場所をつきとめた信田庄司夫妻とその娘である葛の葉姫が訪ねてきた。保名は不在だったが、一人機を織っている女性がいる。それが葛の葉姫と瓜二つであることに一同は驚く。そこへ保名が帰ってきた。親の承諾も得ずに葛の葉姫と夫婦になった不行跡を詫びるが、庄司は「葛の葉が二人いる」と言う。保名もそれを確認すると、庄司夫妻と葛の葉姫を物置小屋に忍ばせた。

そして、保名は葛の葉に両親が訪ねてくる旨を伝えると、葛の葉は驚く様子もない。庄司夫妻に対面するために衣服を着替えた葛の葉は童子に抱きながら身の上を語る。実は私は6年前に信田の森で保名に助けられた白狐で、恩返しのために葛の葉姫に姿となり、保名と夫婦となったこと。だが、正体を知られては、もうここで暮すことはできないので、縁を切って別れるときが来たこと。そして、葛の葉は一間の障子に歌を書き残し、姿を消した。「恋しくば、尋ね来て見よ和泉なる、信田の森のうらみ葛の葉」。

狐かもしれないが、保名のことを本当に愛していた葛の葉。そして、二人の間に生まれた童子を愛情いっぱいに育てた。いつかは真実が判明し、別れなければいけないと覚悟していたのだろう。葛の葉の愛を受けた童子は後に安倍晴明になる。陰陽師として特別な霊感力を持っていたのは、そのお陰ということだろう。狐と人間という枠を超えて夫婦愛、親子愛の素晴らしさについて思った。