浪曲新宿亭 天中軒かおり「名槍日本号と黒田節」、そして新宿末廣亭四月中席 春風亭昇也「天狗裁き」

浪曲新宿亭に行きました。
「名槍日本号と黒田節」天中軒かおり・沢村博喜/「甚五郎 京都の巻」東家志乃ぶ・伊丹秀勇/中入り/「鬼平犯科帳 郎党の夢」天中軒景友・沢村博喜/「宮﨑滔天伝 うしえもん」港家小ゆき・佐藤一貴
かおりさんの黒田節由来。木馬亭定席では前座であるために持ち時間が15分しかないため、フルバージョンが聴けなかったが、今回はたっぷりとフルバージョンを聴くことが出来て嬉しかった。
母里太兵衛、三十三歳。酒豪ゆえに嫁も持てないと母親に泣かれたと聞き、福岡の黒田の殿様は太兵衛に禁酒の約束を取り付ける。その上で、芸州広島の大名・福島正則への使者を命じる。太兵衛は200石取りだが、この使者の勤めを約束通りつつがなく果たしたなら、100石の加増をすると殿から確約され、意気揚々と太兵衛は広島に赴くが…。
福島正則は言わずと知れた大酒飲みであり、また黒田家からの使者はそれに見合う豪傑を送ってくるはずだという正則の期待もある。太兵衛が後藤又兵衛と並ぶ酒豪であるという評判も伝わっていた。太兵衛が禁酒の約束を守れるのか。
正則は案の定、太兵衛に七合入る盃で酒を勧める。太兵衛は「生憎、不調法者で」と下戸を装い、再三再四の勧めを拒む。だが、正則は「戦場で槍や刀を突き付けられて逃げるのか」と挑発する。太兵衛は「このまま帰ったら、敵に後ろを見せたと言われ、末代までの恥になる。軍門に下ることは我が黒田の殿様の顔に泥を塗ることになる。禁酒の約束を果たせなかったことを責められるなら、腹を切ればいい」と意を決し、命懸けで盃を受ける決断をする。正則も「それこそ真の武士じゃ」と褒めた。
七合入った盃を太兵衛は一気に飲み干す。正則は「見事な飲みっぷりだ。玄界灘の鯨以上だ」と感心する。そして、「世に駆け付け三杯という言葉がある」と言って、あと三杯飲んだら、「黒田の殿に使者の功として300石加増せよと手紙を書く」と約束し、さらにここにある宝の品のどれでも褒美として譲ると言う。
都合四杯、およそ三升だ。太兵衛は床の間に飾ってある名槍日本号に目がいった。そして、武士の意地で盃四杯を飲み干した。改めて、正則に対し褒美として日本号を譲ってくれと言う。正則は慌てた。「あれはいかん」。太閤秀吉が帝から拝受し、その秀吉から正則が譲ってもらった自慢の名槍である。だが、「武士に二言はないはずだ」と言って、太兵衛は日本号を頂戴し、福岡に戻った。
太兵衛は禁酒の約束こそ守れなかったが、武士としての意地を見せて福島正則との勝負に勝ち、黒田家の家名を守った。殿である黒田政長からもお褒めの言葉を貰ったという…。酒は飲め、飲め、飲むならば、日の本一のこの槍を。黒田節由来の読み物を気持ちよく唸った、かおりさんの高座。とても良かった。
新宿末廣亭四月中席仲日夜の部に行きました。今席は春風亭昇也師匠が主任を勤める興行。初日からのネタは①宿屋の仇討②一文笛③百年目④お見立て、そしてはきょうは「天狗裁き」だった。
「子ほめ」玉川わ太/「真田小僧」春風亭昇市/漫才 コンパス/「一眼国」三笑亭可風/「山内一豊 出世の馬揃え」日向ひまわり/漫談 ねづっち/「饅頭怖い」柳亭小痴楽/「江戸荒物」笑福亭べ瓶/俗曲 桧山うめ吉/「星野屋」三笑亭可龍/中入り/「指定校推薦」春風亭昇々/「珍妙幌馬車」坂本頼光/「代書屋」三遊亭好の助/「花見泥」桂伸衛門/曲芸 ボンボンブラザース/「天狗裁き」春風亭昇也
昇也師匠の「天狗裁き」。マクラで夢についてあれこれ。一富士、二鷹、三なすびがおめでたい夢とされるが、諸説あり。徳川家康が好きだったものという説、富士は「不死」鷹は「高い」なすびは「物事を成す」の意味とする説など。この続きもあって、「四扇、五煙草、六座頭」なのだそうだ。
八五郎が昼寝をしたときに見た夢について、「泣いたり、笑ったり、楽しそうだった」から聞かせておくれと女房のお崎が頼むが、八五郎は「夢なんか見ていない。見ていない夢の話など出来るわけがない」。「そんなわけないだろう、私はお前さんの寝顔を見ている!」とお崎は主張して夫婦喧嘩がエスカレートし、「いっそ、殺してみやがれ!さあ、殺せ!」と物騒になるのがいかにも落語で良い。
その仲裁に入った徳さんはお崎さんをなだめて、自分の女房のところへ行かせると、「幼なじみの俺にだったら、夢の話できるだろう」。俺だってカカアに言えない夢を見ることがあると言って、「吉原に行って大店の売れっ子の花魁がついた。今晩はよろしくと挨拶したら、背中を向けていた花魁が振り向いた…それがカカアだった!」と話す徳さんが可笑しい。
それでも八五郎が「見ていないものは話さない」と言うと、徳さんはきょうを限りに縁を切る!兄弟分の付き合いは解消だ!とこれまた喧嘩に。そこに家主の太郎兵衛が仲裁に入り、「人の夢の詮索をする立場か!お前は店賃が3つ溜まっている!」と言って徳さんを追い返す。そして、「わしは町役人。誰に話す気遣いもない」と言って、「わしも婆さんに言えない夢を見たことがある」。すると、八五郎が「吉原に行って、相手の花魁が婆さんだったんでしょ!」と当ててしまうのが、また可笑しい。
「夢も教えない奴は店立てだ!」と言う理不尽な家主に対し、八五郎は奉行所に訴えるが…。奉行も「馬鹿馬鹿しい」と家主の店立てを却下するも、人払いをして「この奉行になら話せるだろう?」。八五郎が拒むと、重き拷問に処すると言って、松の木に八五郎を括りつけてしまう。
一陣の風が吹いて八五郎は宙天高く舞い上がり、鞍馬山の山頂へ。羽団扇を持った天狗が「あのような奉行には裁けぬ。わしが裁く」。はじめ女房が聞きたがり、隣家の男が聞きたがり、家主が聞きたがり、奉行までもが聞きたがった夢の話。「聞いたところでどうなるものでもない。天狗はそのようなものは聞きたくない。たかが夢ではないか…だが、お前が喋りたいと言うのであれば聞いてやってもよいぞ」。結局は聞きたいんじゃないか!「天狗を侮るとどのようなことになるか、わかっておるか?」。
たかが八五郎が昼寝で見た夢、それも見ていないという夢をめぐって事がどんどん大きくなっていくという馬鹿らしさは、情報過多で間違った情報が独り歩きする恐怖すらある現代社会を皮肉っているようにも見える。