柳枝のごぜんさま 春風亭柳枝「子は鎹」、そして龍玉噺厳選九夜 蜃気楼龍玉「鼠穴」
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「柳枝のごぜんさま~春風亭柳枝勉強会」に行きました。「天災」と「子は鎹」の二席。
熊五郎が酒と吉原に溺れた勢いで女房のお徳と息子の亀吉を追い出して、3年。女郎上がりの何も出来ない後妻が去り、酒もぷっつりと断って、仕事に精を出した頃合いを見計らって、熊五郎とお徳の間を取り持った伊勢屋の番頭が確信犯的に「茶室の建て増しの木口を見てほしい」と木場に一緒に出掛ける。実はこれは伊勢屋の旦那と番頭が「偶然を装って」熊五郎と亀吉を再会させるという謀だったというのが、柳枝師匠の「子は鎹」の味噌だ。
久しぶりに会った亀吉に対する熊五郎の振る舞いが父親の愛情に溢れていて良い。「あれだけのことをしちまっている」という負い目が熊五郎にはある。元女房と息子が今、どんな暮らしをしているのかを少しずつ探っている感じが好きだ。「お父っつぁんは優しくしてくれるか?…俺は先のお父っつぁんだろ。夕方になると泊まりに来るおじさんがいるだろう」。これに対し、亀吉は「あちこちから後添えの話があるけど、生涯やもめを通すと言っているよ。亭主は先の飲んだくれで懲り懲りだって」。「さぞ、お父っつぁんのことを恨んでいるだろうね」に「そんなことないよ。おっかさんが伊勢屋の女中で、お父っつぁんが出入りの職人だったときのことを話してくれる。酒さえ飲まなきゃ、本当にいい人だって」。
亀吉の額の傷を見つけて心配するところは泣かせる。大家の坊ちゃんと独楽遊びをしているときに、勝った負けたで言い争いになって、独楽を投げられたときの傷。「貧乏で、親もいないのに、生意気だ」と言われたという。おっかさんも、大家さんには恩義があるので、「つらいだろうが、我慢しなさい」と言った。そのときの亀吉の「あたい、つらかったんだぞ!」という台詞が胸に響く。「あんな飲んだくれでもいてくれたら、案山子くらいは役に立ったのに」とお徳が言ったと聞き、熊五郎は「うん。いずれ番頭さんを通して、迎えに行く。それまで、おっかさんを守ってやってくれ」。そして、亀吉が去った後、脇で見ていた番頭に言う。「もう、木場には用がないんでしょ。旦那と番頭さんで相談したことなんですよね。お陰様で、良い木口を見せてもらいました」。
亀吉が母親に熊五郎と会って、50銭をもらい、明日は鰻をご馳走してくれると約束したと報告したとき、お徳は熊五郎が酒をやめ、綺麗な半纏を重ね着していた、「悪かった。すまない」と言って泣いていたと聞くと、おそらくこれまでの熊五郎がしでかしてきたことを許す気持ちが固まったのだと思う。
鰻屋の二階。亀吉が「いい子でいるから、また一緒に暮らそうよ。三人で暮らそう」と言うと、熊五郎も頭を下げる。「すまねえ。あのときは馬鹿だった。どれだけ詫びても詫びきれない。女手ひとつでよくここまで大きく育ててくれた。ありがとう。こんなこと言えた義理じゃないが、嫌じゃなかったら、また元の鞘に収まってくれないか」。これに対し、お徳も答える。「これまで、本当につらかった。でも、お前さんの今の言葉を三年間、待っていました。もう、飲んだくれの世話はしないからね。亀のためにも、あなたと一緒にいるのが一番だと思います。これからもよろしくお願いします」。この二人なら、きっとやり直せる。そんな感情を抱いた「子は鎹」だった。
夜は上野鈴本演芸場二月中席七日目夜の部に行きました。今席は蜃気楼龍玉師匠が主任を勤め、「龍玉噺厳選九夜」と題したネタ出し興行だ。①鰍沢②火事息子③夢金④休演⑤心中時雨傘(上)⑥心中時雨傘(下)⑦鼠穴⑧双蝶々 定吉殺し⑨双蝶々 雪の子別れ⑩やんま久次。きょうは「鼠穴」だった。
「金明竹」柳家しろ八/「加賀の千代」桃月庵こはく/太神楽 翁家社中/「狸札」柳亭燕路/「江戸会話教室」柳家小ゑん/漫才 ニックス/「やかんなめ」古今亭志ん橋/「商売根問」五街道雲助/中入り/紙切り 林家八楽/「堀の内」隅田川馬石/奇術 アサダ二世/「鼠穴」蜃気楼龍玉
龍玉師匠の「鼠穴」。まず、竹次郎の根性がすごいと思う。「商いの元」と兄から渡された金額がたったの三文。それで腐らずに、寧ろバネにして、夢を見る暇もないほど、独楽ねずみのように働いて、10年で深川蛤町の立派なお店の主人になった。そして、その「商いの元」三文と「利子」二両を持って、兄の店を訪ねるとき、どんな思いだったのだろう。僕だったら、「見返してやる」と強く思ったに違いない。
兄は三文と二両を受け取り、「よく使い込まなかったな。二両の利子とは豪気なものだ」と言ったあと、「10年前はさぞかし腹が立ったべな」と訊く。竹次郎は強情だから、「立たなかった」と返すが、それは本心ではないだろう。兄貴はあのとき、なぜ三文しか渡さなかったか、理由を述べて謝る。
10両貸すか、5両貸すか、迷った。だが、お前の肚の中には茶屋酒の味が染み込んでいた。5両渡せば、3両を元手にすることにして、残りの2両で前祝いに一杯飲もうなどと考えただろう。商人が商いをぶつときに、商いの元に手をつけるというのは一番やってはいけないことだ。だから5両も渡さなかった。でも、お前は今では立派な商人になった。草葉の陰で父っさまがどれほど喜んでいることか。このことはいずれ詫びをするべと思っていた。こんな兄貴を堪忍してくれや。
竹次郎は兄の真意を知って、感謝する。おらの方こそ、謝らなきゃいけない。あのときは兄さんのことを人間じゃない、鬼…おっかない人だと思った。そんな深い考えがあるとは…この通りだ、おらの方こそ堪忍してくれ。血を分けた兄弟の絆がここにある。
竹次郎が火事で店を全焼し、奉公人が次々と去り、女房は病で床に伏せ、どうにもならなくなって、八ツになる娘よしを連れて兄の店に無心にいった件。100両、いや50両を商いの元として貸してほしいと兄にお願いしたときの冷酷さには目を覆いたくなる。「金のなる木があるわけじゃない。今のお前じゃあ、とても返すことができないだろう。2両くれてやる。それで何とかしろ。だいたい、女房を持つ、子どもを持つなんていうのは贅沢だ」。
散々な言われようだ。竹次郎は「話が違う。あの晩、万が一お前の店が火事になったら、おらの身代そっくりやると言ったじゃないか」と言い返すと、兄の冷酷はさらに増す。「言ったかもしんねえ。ああ、確かに言ったよ。でも、おらは酒を飲んでいた。気が大きくなる。酒飲みの言うことを本気に取りやがって。100の50の、馬鹿なこと言うな」。竹次郎が言う通り、人間の皮を被った畜生の物言いだ。人間じゃない。鬼だ。
そのあと、娘を吉原に売って20両拵えるも、その金をスリに盗られてしまい、「もはやこれまで」と思い、首を括る…。だが、それらは全て夢だった。火事など起きていないし、兄は優しい人間だった。良かった、という安堵感に包まれる。兄弟愛とは何か。とても考えさせられる素晴らしい高座だった。