玉響 立川談春「芝浜」

「玉響~さだまさし・立川談春二人会」に行きました。

「芝浜」(上)立川談春/唄とおしゃべり さだまさし/中入り/「芝浜」(下)立川談春

さだまさしさんの唄は、♬案山子♬秋桜♬北の国から♬関白失脚♬いのちの理由♬最期の夢、以上6曲。

さださんは中学1年生のときに長崎からバイオリン留学のために上京、そのときに心の拠り所になったのがラジオから流れてくる落語だった。人形町末廣に通い、巨人軍優勝祝賀パーティーで倒れた志ん生師匠が復帰した高座も観ているそうだ。そのときはよく分からない日本語を喋っているこのお爺さんは誰だろう?と思ったが、客席の歓声や拍手が凄くて、あとから志ん生師匠だったと知ったという。

國學院大學に入学すると、落語研究会と落語会という名前の二つの落研があって、落語会の方に入部した。「うちは柳家だから」と言われ、小さん師匠の目白の自宅にある剣道の道場の掃除に行って、小さん師匠と言葉を交わしたこともあるそうだ。また、TBSが主催していた大学対抗落語合戦では、審査委員長をしていた文楽師匠にサインをもらったこともあるという。

1977年に「雨やどり」がヒットして、佐世保にコンサートで行ったときに「圓生が来ている」と聞きつけ、楽屋まで押しかけ、「お墨付きを頂きたい」と色紙を持ってお願いすると、「お墨付きとは洒落てますな」とご機嫌に応じてくれたそうだ。彦六の正蔵師匠とは対談の企画で、稲荷町にあったご自宅に伺った経験もあるという。すごい。昭和の名人たちと自分の思い出がセットになっている!

談志師匠のすごい高座を高校生のときに観て、「自分が落語家になるのは無理だ」と断念したそうだ。「談志さんのすごい高座を観て、入門してしまう人もいますけど」(笑)。さださんは相当な落語の見巧者だ。当時二つ目だった談春さんを見て、「あなたは人情噺を演った方が良い」とアドバイスした。それは正解だった、とさださんは今も思っているし、談春師匠もそれを認めている。良い関係だなあと思った。

談春師匠の「芝浜」。(上)と(下)に分けて演じるとは思わなかった。芝の浜で42両拾ったのは夢だと信じて、勝五郎が酒を断ち、商売に精を出した…というところまでが(上)。(下)は三年後に立派な店を出し、繁盛して成功して大晦日を迎えるところから。女房のおはまが「見てほしいものと聞いてほしいことがあるの」と言って、芝の浜で拾ってきた革財布を見せ、これを拾ってきたのは夢ではなかった、あなたを騙していた、ごめんなさいと謝る。すると勝五郎はそれにむしろ感謝し、礼を言う。おはまは用意した酒を勝五郎に勧めるが、勝五郎は酒を口に近づけ、「やめた。また夢になるといけない」。

ここで万雷の拍手があり、「終演か」と思ったら、そうではなかった。談春師匠は「新しい芝浜」を用意していたのだ。おはまが革財布を見せたところに遡り、演じ直す。

おはまが「私、今が幸せだから…お前さんが元の飲んだくれに戻っちゃ嫌だから…夢だったという嘘をついた、騙しちゃいけない人を騙してしまった。許しておくれ」と謝ると、勝五郎は意外な返答をする。「お前は泣くほど悪いことしていないよ。許すも、許さないもない…だって、嘘だって3年前から知っていたから!あんなハッキリした夢があるかよ!」。

「じゃあ、何で頑張れたの?」「お前の言う通りにした方がいいと思ったからだよ。今、借金はない。こんないい大晦日があるかよ。お前が嘘をつかなかったら、こんな日は来なかった。礼を言わなきゃいけない」「でも、私、嘘をついた…」「いいじゃないか!知っていたんだから」。

おはまは喜ぶ。「ありがとう。お酒、飲んで!3年騙されたふりをしていたんだ。申し訳ない。せめて、お酒を飲んで、許してやると言って!」。すると、勝五郎は言う。「あんなに酒が好きだったから。怖いんだ。俺だって飲んでみたいさ。でも、元の飲んだくれに戻らない保証はない。自分が信じられない。酷だよ」。おはまは「なに、気の小さいことを言ってんだい!辛抱したんでしょう?今更、1杯や2杯飲んだところで、何が変わるの?私も飲むから!」。

酒を飲むおはま。実は酒が弱くて、すぐに倒れてしまう。背中をさすって、介抱してやる勝五郎。「魚勝!そこへ座れ!お前、嘘ついたな!3年前から夢じゃないと知っていたなんて、嘘だろ!優しすぎるんだよ!…お願いだから、酒を飲んでくれよ」。

承知した勝五郎は酒を飲む。「美味い!どうなっているんだ。前より美味い!…もう止まらないぞ!生きていて良かった。3年ぶりか。ジワッときた。お前が飲めと言ったんだからな…驚いたね。嘘だなんて、微塵も思っていなかった。見抜くもんだね。水だって、こんなに飲めないよ。あとから、あとから飲みたくなる。よーし、飲んじゃおう!いい大晦日だ」。勝五郎は一升を飲み切ってしまう。

翌朝。勝五郎は目が覚めると、元気に支度して、河岸に向かう。だが、元日だ。戻って来て、「河岸は休みだった。正月だものね。驚いた」。おはまが「おめでとう」と言う。勝五郎が「今年もよろしく」と答える。すると、おはまは「そうじゃなくて、おめでたいのは、お前さんが飲んだくれに戻らなかったこと。商いに行こうとしたでしょ!」。「俺、偉いな」「正しい人になれたのね。ちょっぴり寂しい。私がいなくても、もう大丈夫だね」「お前、それは元日に亭主に言う台詞か!」。

勝五郎は大家のところへ出掛ける。そして、一部始終を話す。大家も驚いた。「やっとまともになれたのに、私がいなくて大丈夫と言われたら、男の気持ちがやりきれない」。こう勝五郎が言うと、大家は3年前のことを話す。「おはまさんが夢だと騙したと私のところに来た。嘘をついちゃいけない人に嘘をついたと言って、ワンワン泣いていた。あの凛とした女が子どもみたいに泣いていた。それが、嘘をついたと喋ったんだよ」。

勝五郎は思い当たった。おはまは昔、勤めに出ていた。岡場所で女郎をやっていた。何が辛いか、それは嘘をつくことが当たり前になること。嘘と本当の区別がつかなくなる。嘘は嫌だ。そう言っていた。それがあなたには嘘をつかないでいられる。皆、苦界から外に出たいと言う。でも、あの中だから生きていけることもある。外に出るとどうやって生きていいか、わからない。だから、嘘をつかなくて済むお前さんのところへ来た。そう言って、そのまま夫婦になったんです。

大家が言う。夫婦だから分かり合えるというのは間違いだ。長くいると、分かり合えないということが分かる。婆さんは死んだが、いなくなると分かるのは、あの女がかけがえのないものだったということだ。お前さんは生きているうちに、それが分かった。良かったんじゃないか。

大家から七福神の宝船を渡される。「これを枕の下に入れて寝なさい。お前はおはまさんの夢を見る。おはまさんはお前の夢を見る。二人で同じ初夢を見るのはいいぞ」。

正月二日。初売りに出る勝五郎。「俺は初夢を見た。中身は覚えていないが、お前の夢だった」。おはまは「夢を見ていない。疲れていたから、グッスリ眠って、夢を見なかった」と言うと、勝五郎が「こういうときは嘘つけよ!」。おはまが「その代わり、この世で見る最後の夢には必ず出てきてね」。

新しい人情噺「芝浜」に痺れた。