わん丈ストリート 三遊亭わん丈「らくだ」、そして代官山落語夜咄 立川吉笑「ミッキー」
「わん丈ストリート~三遊亭わん丈独演会」に行きました。「あくび指南」「ねずみ」「らくだ」の三席。開口一番は桂枝平さんで「手紙無筆」だった。
「らくだ」、ネタおろし。滋賀出身ということがあるのだろう、上方の型で上方言葉で演じた。死んだのはらくだの卯之吉、その兄貴分は弥猛(やたけた)の熊五郎である。わん丈師匠がプログラムに書いていたが、「これまでこの噺は好きでなかった」そうだ。兄貴分は傍若無人、屑屋や長屋の衆もそれに立ち向かわずに怯んで愚痴をこぼしているのが好きじゃなかったと。
その影響があるのかもしれないが、兄貴分は幾分迫力に欠けるような気がした。屑屋にあっちへ行け、こっちへ行けと命令するときに、いちいちドスを持ち出す。月番に香典を集めて持って来なければ、「この長屋に火をつけるぞ」と脅す。大家に酒と煮しめと高野豆腐を持って来なければ「死人のらくだと頬ずりさせてやる」(死人にカンカンノウを踊らせるのではない)と迫る。こうやって並べると怖そうだが、震えあがるような恐ろしさは感じなかった。
屑屋の酒乱も物足りない印象を受けた。駆けつけ三杯の酒を飲んだ後、さらに酒を要求し、「途中でやめたらおもろない。これくらいの酒で酔っ払うわけがないだろう!ドスを貸せ!」と兄貴分と立場が逆転するのだが、前半の兄貴分に怖さが足りない分、屑屋も迫力に欠けた。その後も「こんな甘いもの(高野豆腐)で酒が飲めるか!」「らくだの卯之吉…変な名前だ!」「お前が喋れ!陰気や!らくだの馴れ初めとか、あるだろう…おもろない!」等と、どやし続けるが脈絡がない。酒乱の台詞に脈絡を求めるのも変な理屈だが、「らくだ」という噺の面白さはやはり、「らくだがいかに酷い乱暴者だったか」を屑屋が酒の勢いで訴えるところにあるのだと僕は個人的に思う。
途中、屑屋が途切れ途切れではあるが「元は表通りに店を構える道具屋だった。それが酒で身を持ち崩した」とか、「今の嫁は二人目で、一人目は良家のお嬢様だったが、裏長屋に貧乏暮らしがたたって二十五歳で死んでしまった」とか、自分の身の上話をするのだが、これらもらくだに虐待されていたが辛抱を続けてきたという屑屋の前提が具体的にあってこそ生きるのではないか。
ネタおろしだから、仕方ないのかもしれないが、前半の兄貴分の熊五郎の迫力、そして酒乱になってからの屑屋のらくだへの恨みつらみ、この二点はこの噺の大きな支柱だ。もう一度、整理し直した高座を期待したい。
配信で代官山落語夜咄「立川吉笑真打昇進カウントダウン第一夜」を観ました。「カレンダー」と「ミッキー」の二席。
二席を演じ終えた後、プロデューサーの広瀬和生さんとの対談できょうの二席は“志の輔メソッド”によって創作した新作だと吉笑さんが言っていたのが印象的だった。商店街の人々があるトラブルに巻き込まれる騒動記、演劇で言うところのシチュエーションコメディは、江戸時代の長屋を現代(おそらく昭和)の商店街に置き換えた「実に落語的な落語」なのだということ。志の輔師匠の「ガラガラ」や「メルシーひな祭り」などが代表例として挙げられ、思わず膝を打って、腑に落ちた。吉笑さんはまさにそれを目指して作った「カレンダー」は自信作となり、「ミッキー」についてはまだ発展途上であると明かした。
「ミッキー」は僕は初めて聴いた。7年前に亡くなった商店街の宮本会長は、皆が尊敬する素晴らしい人物で、身寄り頼りがなかった会長のために皆が少しずつ持ち寄って、お墓を建てた。商店主たちは悩み事があると、このお墓に来て拝み、天国の会長に相談した。商店主の娘さんは彼氏のプロポーズを受けるのに、会長のお墓の前をその場所に指定した。会長は亡くなって7年経っても、皆の心の拠り所なのだ…という良い話だ。
ところが、お墓を建てた業者の指摘によって、皆は茫然とする。皆が心の拠り所にしていたお墓はある人のペットだったチワワのミッキーのお墓で、会長のお墓は少し離れた場所に建てられていたのだった…。予算が足りなくて、ペット用のお墓のサイズでしか会長の墓が建てられなかったことが取り違えの原因となったのだった。よく見ると、墓石の戒名に「宮本ミッキー」と書いてある。会長の名前が宮本ミキオだったので、皆は素直に受け入れていた…。
俺たちは見たこともない犬の墓の前で拝み、悩み事を相談したり、プロポーズを受けたりしていたのか!俺たちの気持ちを返せ!そこで商店主たちは考える。埋葬している骨壺を入れ替えれば良いではないか!
噺の冒頭、魚勝の息子ジュンヤが高校野球で投手として甲子園出場を果たし、野球が好きだった宮本会長も喜んでいるだろうと遺影や位牌を持って、スタンドで応援していたという話にここで結びつく。魚勝は会長の骨壺をそっと盗み出し、息子のロージンバッグに粉状になった遺骨を混ぜたという…。
吉笑さんは納得がいっていないかもしれないが、十分に面白かった。さらに試行錯誤を重ねて、「カレンダー」に負けない“志の輔メソッド”の商店街落語に成長するのが楽しみだ。