美馬噺の会 鈴々舎美馬「死神婆」
「美馬噺の会~鈴々舎美馬独演会」に行きました。「金明竹」「死神婆」「マッチングアプリ」の三席。ゲストは一龍斎貞鏡先生で「鼓ヶ滝」だった。
「死神婆」。先日のNHK新人落語大賞出場の際は11分という限られた持ち時間だったが、きょうはたっぷり30分のフルバージョンで聴くことができ、この噺の素晴らしさを確認することができた。
主人公の女性はレイヤというホストにはまって、3000万円を貢いでしまった。そのお陰でレイヤは店のナンバーワンになれたのに、突然彼から「もう冷めた」と別れを切り出される。諦められない彼女に対し、「しつこいんだよ!」とキレる。実はお腹の中に赤ちゃんが身籠っていると告白すると、レイヤは10万円を渡し、「これでおしまいね。バイバイ」と去っていった。消費者金融には1000万円の借金も残っている。心の中で「殺してやる!」と思った。
鹿児島にいる母親から電話がかかってきた。「元気でやっちょるか?お母さんはお父さんと元気にしちょるよ」。弱々しい声の娘を心配する母。彼女は「この母を人殺しの親にすることはできない」と思った。死のう。樹海へ向かった。
死神婆が目の前に現れる。主人公は一部上場企業のキャリアウーマンとしてバリバリ働いて、港区女子としてプライベートも謳歌していた。だが、ホストにはまったのをきっかけに人生が狂い、風俗で働き、消費者金融に手を出してしまった。それらを知っている死神婆は首を吊っても苦しいだけだ、たとえ死んだとしても実家に借金取りが押しかけて親に迷惑がかかる、第一お前さんにはまだ寿命があると言って、死のうとする主人公を説得する。
呪術師になれという。医者も匙を投げたような難病の患者でも、死神が足元にいれば助かる、呪文を唱えれば死神は消えるという。領域展開、アジャラカモクレン、キューライス、テケレッツのパッ!ただし、死神が枕元にいるときは手を出すなと注意する。呪術師になって借金を返して人生をやり直しなと諭す。
主人公は呪術師リンと名乗って、Xでポストをすると大きな反響を呼んだ。そして、余命宣告を受けた妻を助けてほしいという依頼があった。これまでタカスカツヤ先生、コイズミシンジロウ先生、ミズハライッペイ先生に診てもらったが駄目だったという。「妻を愛しているのです。助けてください」。夫のこの言葉に感動する主人公。幸い、死神は足元にいて、死神を消すことができた。御礼として1000万円が支払われた。
父親から電話がかかってきた。「お母さんが大変だ。長くないらしい。ガンが転移して手術しても助からないらしい」。先日の母親の電話は強がった嘘だったのだ。急いで鹿児島に駆けつけた主人公だが、あいにく母親の枕元に死神はいる。困った。助けたい。咄嗟の機転で母親の身体を180度回転させ、呪文を唱えた。死神は消え、母は元気になり、親子三人で喜んだ。
主人公に前に死神婆が現れた。「やっちまったな。枕元の死神には手を出すなと言ったろう」。霊安室に連れて行かれると、そこには沢山の蝋燭があった。すべて人間の寿命だ。「この長い蝋燭がお前の母親だ。その横の消えそうな蝋燭がお前だよ。お前はおふくろさんと寿命を取り替えちまった」。だが、死神婆は「チャンスをあげよう」と言って、新しい蝋燭を渡そうとする。ここにうまく火を点けることができたら、寿命が延びるという。
しかし、主人公はこれを拒む。「いいよ。借金を返せて、母親が助かって、それで十分だよ。死にたいわけじゃないけど、無理に生きたいとも思わない。ツケは払わないといけない」。死神婆は「好きにしな。消えるよ…消えるよ…ああ、消えた」。
だが、主人公は一旦倒れたが死んでいなかった。「おかしい。火は消えたのに」。そして、死神婆は気づく。「お前、命を2ツ持っていたね」。そうなのだ。主人公は赤ん坊を身籠っていた。「その子が身替りになってくれたんだ。感謝しなきゃいけないぞ」。そして言う。「命の重さをよく知るんだ。たくさん反省して、たくさん後悔しろ。そうすれば、どう生きればいいか、生き方がわかる」。
命の尊厳。そして、私たちは与えられた命の中でどう生きるべきなのか。人生観に迫る深いテーマをつきつけられたような気がした。素敵な「死神」の改作だった。