津の守講談会 一龍斎貞鏡「は組小町」、そして三遊亭鬼丸「禁酒番屋」

津の守講談会に行きました。

「三方ヶ原軍記」神田山兎/「村越茂助 左七文字の由来」宝井琴人/「五條橋」宝井優星/「山吹の猫塚」神田こなぎ/「高野長英 水沢村涙の別れ」田辺凌鶴/中入り/「荒大名の茶の湯」神田山緑/「は組小町」一龍斎貞鏡

貞鏡先生の「は組小町」。火消の鳶頭の娘に生まれ、纏持ちを亭主に持ったお初という女性の意地と気概に胸が熱くなった。

日本橋蛎殻町の町火消のは組の鳶頭、権次は早くに女房を失くしたが、“は組小町”と評判の器量も気立ても優れたお初という一人娘が支えになってくれた。権次は孤児だった源太郎を家族同様に育て、お初と源太郎は相思相愛となって、十八歳のときに夫婦約束をする。いわゆる許婚である。

い組の三五郎という男がお初に岡惚れして、許婚がいるのを知っていながら、再三再四言い寄っては断られていた。だが、諦めずに頭取の松兵衛に世話をしてくれと頼む。事情を知らない松兵衛は権次を訪ね、お初に三五郎との縁談を持ち掛ける。松兵衛には世話になっている義理はあるが、お初がはっきりと「実は私には源太郎という許婚がいる」と言うと、松兵衛は怒るどころか喜んで、「俺が仲人になってやる!」。めでたく源太郎とお初は夫婦になり、玄冶店に暮らしを始めた。

逆に松兵衛は三五郎に対して「よくも俺の顔に泥を塗ってくれたな」と憤りを覚えた。どうにも格好がつかない三五郎である。いわゆる“恋の遺恨”がそこに生まれてしまったのが悲劇のはじまりだ。

ある晩、火事が起きて源五郎はお初に見送られて家を出る。だが、暫くすると権次が玄冶店にやって来た。源太郎が怪我をしたという。トタン板に載せられて運ばれた真っ黒な身体は源太郎本人か見分けもつかないほどで、呻き声さえ聞こえてこない。「源さん!」とお初が呼ぶと、かすかに「炙られた…」と小さな声で言って、源太郎は十九歳という若さでこの世を去った。

お初は十二歳になる三太という子どもを預かった。三太は「俺も火消になりたい。カッコイイ纏持ちになりたいんだ!」と言う。そして、「今度、源太郎さんの代わりに纏を預かった新吉さんは火に強いと評判だぜ。炙られても大丈夫だって」。

“炙る”“炙られる”という言葉は火消の世界の用語だ。屋根に一番最初に上がった纏持ちは、その次に上がった組の纏持ちが下に降りるまで降りられない、それは火消の意気地でもあるが、この屋根の建物は危ないと判断したら下に連なっている他の組の纏持ちが下に降りて、上の纏持ちを助けるというのが暗黙の了解になっている。下の纏持ちが頑張って降りないことを“炙る”と言い、上にいる纏持ちは大変危険な状況にさらされることになる。

この三太の台詞で、お初は自分の亭主である源太郎が三五郎に炙られて死んだことを知る。「なんて酷い奴なんだ…」。怒り狂った。

田原町から蔵前にかけて火事が起きた。土蔵の上にい組の三五郎が一番最初に纏持ちとして上がった。その次に、は組、あ組、さ組と続いた。土蔵が崩れる可能性が高まった。纏持ちは下に降りないと危険だ。い組の三五郎が降りようとするが、その下のは組の纏持ちが頑として降りない。この様子を見ていた権次は新吉が源太郎の仇討をしようとしているのだと思った。ところが、新吉は権次のすぐ傍にいた。「…あれは一体、誰だ?」

三五郎は飛び降りようとして、脳天から落下し微塵に砕けて即死した。次には組の纏を持った人物が落ちてくる。権次がその顔を見ると、お初だった。お初は三五郎に仇討を果たしたのだ。玄冶店に運ばれた亡き亭主と同じ姿のお初に対し、権次は言う。「喜べ。見事に仇を討ったぞ…良かったな」「冥途に逝って源さんに喜んでもらう…」「あの世で幸せに二人で暮らせよ」。そして、静かにお初は息絶えたのだった。愛する亭主の仇を討つために命をかけたお初の意気地に心を奪われた。

夜は上野鈴本演芸場十月上席初日夜の部に行きました。今席は三遊亭鬼丸師匠が主任の興行である。

「子ほめ」三遊亭歌きち/「新粗忽長屋」林家けい木/太神楽 翁家社中/「寝かしつけ」林家きく麿/「狸賽」入船亭扇遊/漫才 ホンキートンク/「地獄と極楽」林家しん平/「もぐら泥」春風亭一之輔/中入り/アコーディオン漫謡 遠峰あこ/「長短」古今亭文菊/奇術 ダーク広和/「禁酒番屋」三遊亭鬼丸

鬼丸師匠の「禁酒番屋」。カステラ作戦から油屋作戦、そして小便大攻撃に至る過程で番屋の役人が酩酊を超えてべろんべろんになっていく生態を活写しているところが面白かった。

油屋の油徳利を検めるところ。「役目の手前、手落ちがあってはならぬ。最前の水カステラの例もある…」と言いながら、湯呑に酒を注いで「それでは…度々わしが最初ですまぬ…失礼いたす」と酒を飲み干して、ニッコリ笑う。「近頃の油は喉ごしが良いでござる、御同役」と言うのが可笑しかった。

ただで三一侍(さんぴんさむらい)に二升の酒を飲まれてしまって悔しい酒屋の手代の仕返し。「今度は飲まれません。偽りません。酒は持っていかない。小便を小便として持っていくのです!」。この発想が痛快だ。

べろんべろんの番屋の役人は第三弾が来た!と思って、「通ぉーれ!いらっしゃーい!」。小便だと聞いても、「町人というのは愚かなものだ。不埒な奴め!…今度は燗をしてまいったぞ。燗で良し、冷やで良し…ん?酒が泡立っておるぞ」。普段威張っている侍をギャフンと言わせる酒屋丁稚の頓智、お見事な一席だった。