新作歌舞伎「狐花」

八月納涼歌舞伎第三部に行きました。ミステリー作家の京極夏彦先生の書き下ろし、「狐花 葉不見冥府路行」の上演だ。

面白かったあ!発端と序幕で次々と巻き起こる謎の出来事に「あれ?」「うん?」と翻弄された後、幕間30分を挟んでの第二幕で伏線がすいすいと回収されていって、「なるほど!」「そうだったのか!」と膝を打つ。まさに謎解きミステリーの醍醐味を存分に堪能できる芝居であった。

作事奉行の上月監物(中村勘九郎)、材木商の近江屋源兵衛(市川猿弥)、口入屋の辰巳屋棠蔵(片岡亀蔵)の三人が悪のトライアングル。25年前にこの三人が企てた悪事に対し、彼岸花を染め抜いた小袖を着て狐の面をした謎の男…萩之介(中村七之助)が立ち向かい、復讐していく。

そのために、萩之介は上月家の女中・お葉に身をやつし、近江屋の娘・登紀(坂東新悟)と辰巳屋の娘・実弥(中村虎之介)に近づき、“萩之介殺害”を実行する。この三人はともに萩之介に恋をしており、憎しみあっていたという共通項を持っていたのだ。それを上手に利用して、お葉実は萩之介が二人を父親殺害に導いた。実弥は父の棠蔵を刺し殺し、登紀も店に火を放って父の源兵衛を焼死させた。

これら一連の事件を解決したのが憑き物落としの中禪寺洲齋(松本幸四郎)だ。彼が第二幕で次々と真実を暴いていく。お葉と萩之介は同一人物だと見抜き、近江屋や辰巳屋で起きた殺人はこの萩之介の手によるものだと断定した。そして、萩之介の魔の手は上月監物の娘である雪乃(中村米吉)に迫っていると予言する。

監物によって牢に閉じ込められている雪乃の前に現れたのは、その予言通り萩之介だった。だが、萩之介は「雪乃を助けに来た」と言う。実は雪乃は、監物によって25年前に攫われた美冬(市川笑三郎)が生んだ娘で、しかも萩之介はその双子の兄だったのだ。

ここが一番、この芝居の肝だ。25年前に監物に攫われた美冬は、今雪乃が閉じ込められている同じ牢屋で監禁されていたが、その様子を見かねた女中の手引きで屋敷を抜け出し、美冬は萩之介と雪乃を産んだ。そして、病気がちな雪乃を手元に残し、萩之介を里子に出した。監物の家来である的場佐平次(市川染五郎)に居場所を突き止められ、美冬と雪乃は上月家に連れ戻された。

一方、萩之介は放下師に売られて軽業を仕込まれ、さらにその美貌を買われて陰間茶屋に売り飛ばされた。そういう苦労をしている中で美冬の祖父という人物に出会い、真相を知る。そして、母の仇である監物を討つために手筈を調えていたのだった。

最終盤、監物の末弟であることが判った的場は雪乃を斬るが、美冬の身代わりとして愛玩していた雪乃を斬ったことに激怒した監物は的場を斬り殺す。そして、立ち向かってくる萩之介のことも斬り捨てる。そのとき、中禪寺が現れて瀕死の萩之介を抱き寄せる。そして明かしたことは、25年前に監物が美冬を攫おうと信田の屋敷を襲ったとき、美冬が下男の権七に託した幼子が中禪寺だった…。つまり、中禪寺は萩之介の兄だったのだ。次々と序幕で展開した出来事が見事に回収されていく面白さがここにある。

そして、最後には中禪寺が監物と対峙し、25年前の信田家の惨劇の全容を見事に解き明かし、監物はお白州で奉行の沙汰を待つ運命にまで追い詰めるところ、何とも言えないカタルシスを感じた。稀代のミステリー作家、京極夏彦先生の筆の見事さに感嘆すると同時に、それが歌舞伎というエンターテインメントとして成立することに拍手喝采だった。