立川談春独演会「ねずみ」、そして林家きく麿「フライドポテト」
立川談春独演会に行きました。芸歴40周年記念シリーズの第16回だ。「へっつい幽霊」と「ねずみ」の二席だった。
「ねずみ」は三代目三木助がベースと言っていたが、談春師匠独自の演出が随所に垣間見られ、新鮮に聴くことができたし、素敵な仕上がりだった。
男の子が膝を抱えて川を見つめながら、ボロボロと涙を溢しているのが気になって甚五郎は声を掛けた。その男の子が鼠屋の卯之吉で、鼠屋に宿泊するきっかけとなる。卯之吉が二分渡されて、二升の酒と五人前の寿司を注文に出掛けた間に腰の抜けた父親の卯兵衛が甚五郎に愚痴を聞いてくださいと言って、元は虎屋の主人だったが後妻のお紺と番頭の丑蔵に乗っ取られた経緯を話す。物置に追いやられた父子を生駒屋が三食面倒を見てくれた。卯之吉が気丈に「このままでは乞食同様だ。宿屋をやろう」と言い出し、この狭くて汚い宿を細々とはじめた。卯兵衛の「卯之吉は涙ひとつ見せないで、よく働く。この子の明るさに救われている」という台詞が、冒頭の場面とオーバーラップして切なくなる。
卯兵衛と卯之吉を助けてあげたいと甚五郎は“福鼠”を彫って、「縁と時節が合ったらまた来るよ」と言って去る。この鼠を見た者は土地の人、旅の人にかかわらず当宿に御一泊願いますという一筆を残したが、この但し書きがなくても“動く木彫りの鼠”は評判を呼び、客が大挙して訪れる。そして何よりも効果的だったのは、卯兵衛が甚五郎に話したのと同じことを必ず泊り客に話すことによって、「虎屋は酷い。お紺と丑蔵は許せない」という噂があっという間に広まったことだ。皆が鼠屋の味方。これでは虎屋は閑古鳥が鳴いても仕方ない。
虎屋が福鼠に対抗して飯田丹下に虎を彫ってもらったら、鼠屋の福鼠が怯えて動かなくなってしまった。そのことを含め、「私の腰が立ちました。鼠の腰が抜けました」と卯兵衛が甚五郎に手紙を出すと、甚五郎は意味が判らなかったが3年ぶりに仙台を訪ねる。そのとき、十六歳の立派な大人に成長した卯之吉が「親父には聞かれたくないので」と言って、甚五郎を待ち構えて話す内容が興味深かった。
丑蔵もお紺も根から悪い人間ではないというのだ。前の母親が亡くなる前から番頭の丑蔵と女中頭のお紺は惚れ合っていた。卯兵衛もそれを見て見ぬふりをしていた。だから、二人は許されているものだと考えていた。それが女将が亡くなると、卯兵衛は後添えにお紺を迎えてしまった。丑蔵は「畜生!いつか…」と思い、卯兵衛が腰を抜かして床に伏せると、ここぞとばかりに焼け木杭に火が付いたのだった。虎屋を乗っ取ることはいけないこととは判っていたが、二人は惚れ合っていたのだから仕方ないことかもしれない。そう、卯之吉から事情を聞かさせた甚五郎は「この子は賢い子だったが、優しい子でもあったのだ」と思う。
飯田丹下の立場の説明も良かった。仙台伊達藩お抱えの丹下はかつては日本一の彫り物師と言われた。だが、三代家光公が甚五郎と丹下の二人に三階松に梅の彫り物を彫らせ競わせると、甚五郎に軍配が上がり日本一となった。だから、飯田丹下には因縁がある。それゆえ、虎屋の発注を「金は二の次」と受けて立ったのだ。甚五郎に同行した二代目政五郎も丹下の虎を見て、「大した虎じゃない。王頭の虎にある品がない。目に曇りがあり、台無しにしている」という見立ても、丹下が因縁のライバル甚五郎を相手にしている気持ちが丸出しということなのだろう。甚五郎が福鼠に言う。「私はお前を自分の欲を捨てて一心に拵えた。あの欲の塊を見て動けなくなるのは淋しい」。すると、福鼠は「虎?猫かと思った」。飯田丹下の彫った虎の技術的な出来栄えは悪いものではなかったが、そこに甚五郎を負かしたいという欲がこもっているので作品としては落ちるとハッキリさせているところに、談春師匠の説得力を感じた。
夜は上野鈴本演芸場八月下席四日目夜の部に行きました。今席は林家きく麿師匠が主任で「笑劇!人生変えちゃう夏かもね」と銘打ったネタ出し興行だ。①二個上の先輩②時代劇少年③今夜も眠れナイト④フライドポテト⑤ねえ、あなた⑥ブラジル産⑦あるあるデイホーム⑧特別エスパー浪漫組⑨半ソボン⑩スナックヒヤシンス6。きょうは「フライドポテト」だった。また大喜利として、小林旭の♬熱き心にをフルコーラス熱唱。作詞:阿久悠、作曲:大瀧詠一。名曲だあ。
「饅頭こわい」三遊亭二之吉/「渋沢栄一」林家けい木/ジャグリング ストレート松浦/「啞の釣り」柳家㐂三郎/「有名人の家」三遊亭天どん/紙切り 林家楽一/「つばさ」林家彦いち/「鹿政談」蜃気楼龍玉/中入り/三味線漫談 林家あずみ/「鯛」柳家はん治/ものまね 江戸家猫八/「フライドポテト」林家きく麿
きく麿師匠の「フライドポテト」。スキー合宿で雪山に遭難してしまった吉田君と山本君が偶然山小屋を見つけて、一安心したところで二人の価値観がぶつかる…。
普段から悩みがなく困りごともなく苦労せずに過ごしてきた吉田君に対し、山本君は吉田君の運の良さのお陰で助かったと喜んでいる。昼に出たカレーが「何だかわからない肉が入っていて、気持ち悪いから食べなかった」という吉田君だが、山本君は「美味しかったから二杯も食べちゃった」。「吉田君は普段から美味しいものを食べているから…」と言って、「でも、この雪山で何が一番食べたい?」と山本君が吉田君に問う。すると、答えは「フライドポテト」。
意外な答えに山本君は「ない!雪山遭難でフライドポテトはないよ!吉田君は苦労していないから」と反応する。「お前が食べたいものを言えと言ったから」と吉田君が怒ると、山本君は「普通は、うどん、スープ、鍋焼きうどん…」。「うどんが被っているじゃん!それにお前の主観を押し付けるな!」と言う吉田君に、山本君は「フライドポテトは汁がないじゃん!汁に温かさを求めるものだ」。「俺は汁は要らないね。フライドポテトが揚げたてで熱々なら温かいじゃん」と言う吉田君のことを「お前は苦労していないからだ」と山本君。
「あと3時間くらい遭難すれば良かった。そうすれば、小屋があった!薪もある!火を熾せ!温かい!…で、何を食べたい?となれば」「フライドポテトだね」。吹雪に彷徨っていないで、運良く小屋を見つけたから、「小屋ある!」と軽く喜んだだけで、だからフライドポテトなんていうんだと主張する山本君に、吉田君がキレる。「うどんにすればいいんだろ!熱々の汁のうどんに変えます!それで満足だろ!…その代わり、一生お前はフライドポテトを食うなよ!俺の人生を全て否定して、俺の前でフライドポテトを食えるか?」「わかった。吉田君の前ではフライドポテトを絶対食べないよ」「ジャガイモ自体食べられない人生にしてやる!」。喧嘩腰な吉田君が可笑しい。
二人は手分けして小屋の中に食料がないか、探すことにした。すると、地下収納の冷凍庫からフライドポテトが2袋見つかった!吉田君は喜々として、これをフライパンで焼いてベークドポテトとして食べた。「山本君、食べる?」「食べない!」。吉田君は「アツ、アツ!超うまい!うめえ!良かったあ!」と言いながら、2袋全部を食べきってしまった。
「全部食べなくても良かったのでは?」「でも食べないんでしょう?いいじゃん」「遭難が4、5日続くかもしれない。少しずつ食べれば…」「大丈夫。俺、運が良いから。だって、散々苦労していないとか、馬鹿にされていたら、フライドポテトが出てきたじゃん!」。意地の張り合いが面白い。
吉田君は外に出て食料を探しに行くという。山本君が「何かあったら嫌だ。こんな吹雪の中、出て行ったら駄目だ。もし、吉田君に何かあって、僕だけ助かったら、フライドポテトを僕が勝手に食べたみたいじゃないか…だから、行かないで」。「無事に助かったら、ご馳走するから!行かないで!」「何を食べさせてくれるの?」「フライドポテト」「それはないわ」。
命に関わるような緊急事態の中、食べ物に対する価値観で陳腐な言い合いをする二人の馬鹿馬鹿しさが愉しい一席だった。