柳家喬太郎「錦の舞衣」連続口演 其の参「お須賀口説き」&其の四「根岸の仇討」
配信で文春落語・柳家喬太郎独演会「錦の舞衣」連続口演の第3話「お須賀口説き」を観ました。
ある船宿で同心の石子伴作が坂東須賀を説得している。与力の金谷東太郎は十一、二年も須賀のことを岡惚れしている、妻に先立たれて独身、淋しい思いをしている。その金谷に取り入って、牢に入った須賀の夫の狩野鞠信を救えばいい、鞠信が死んじまったら何もならない、常盤御前が平清盛にしたように、操を捨ててこそ操を立てられる、一遍きりでいいんだ、と。「鞠信様を裏切れない」と迷う須賀の心は揺れる。
金谷がやって来た。普段は自分は芸者じゃない、踊り手だから客に酌などできないというのが信条の須賀だったが、今度ばかりは酒を注ぐ。金谷は喜ぶ。「鞠信先生は気の毒なことをしたな」と言う金谷に対し、須賀は「悪いことは何もしちゃいないのに、なぜ?」と泣きつく。鞠信を支持する人間が沢山いて、差し入れも多いから、牢でも不自由なく暮らせているように思うが、厳しい拷問にあうのは仕方ないと金谷は言う。「国に立てつく謀反だ。その関わりの大塩の残党を匿った。宮脇数馬が家から出てきたのだから、関わりじゃないでは通るまい」。
金谷は意味ありげに言う。「工夫の仕方で助けることができんでもない。ここらでちょっとやり方を変えてみても良いかもしれん」。石子が須賀に「水を向けているよ。常盤御前だよ」と囁くが、須賀はそれ以上のことができない。石子が須賀を別室に呼び、さらなる説得をする。「今、ひとつ踏み込めばいい。あの方は与力の力でどうこうというだけじゃない。真心あってのこと。手が届かなかった主ある花が目の前にいる。真心ある男に一度きり抱かれてもいいではないか」。
その真心が本当か判らない須賀は言う。すると、石子は金谷のお腰の物、あれは金谷家に代々伝わる家宝、正宗だという。須賀に会うから、それを差してやって来ている。刀は侍の魂、それで真心を試せばいいと助言する。
再び、金谷の前へ。「惚れた女が前にいて、惚れた女が酌をしてくれる。だから、心地良く酔える」と言う金谷に対し、須賀は「旦那、お腰の物の値打ちが素人だから判らないんですが、大層立派なものですね」と訊く。すると、意を得たように金谷は「これは先祖代々伝わる正宗。家宝だ。大事な用のときにだけ差している。刀は侍の魂だからな」。そして、「この正宗を預かってくれるか?」と須賀に問う。戸惑う須賀に対し、もう一度、「構わない。全てをお前に預ける。武士の魂、金谷の宝を」。
これで須賀は金谷を多少は信用したのだろう。横になっていびきをかいている金谷に布団をかけてやると、ぬっと手が伸び、須賀を引っ張り込む。添い寝という形になった…。そして…というところで、第3話は終わった。
配信で文春落語・柳家喬太郎独演会「錦の舞衣」連続口演の第4話「根岸の仇討」を観ました。
坂東須賀は操を立てるために操を捨てた。だが、その甲斐なく夫の狩野鞠信は酷い拷問の末、獄死してしまった。須賀は母とともに泣き暮らす日々だ。そこに旧知の奈良屋助七が線香を手向けに訪れた。目利きである奈良屋に須賀は金谷東太郎から預かった“家宝の正宗”を見てもらう。「正宗?本物だったら大変なことです…」、だが「聞いて呆れる。村松町モノ、なんということのない普通の刀です」。これに対し、須賀は信じたくない気持ちいっぱいで食い下がる。「正宗でござんしょ?正宗でないと困るんです」。
奈良屋は正直に「この刀、曲がるんです。グニャリ、グニャリ。こんな正宗はない。同じような刀は村松町に行けばいくらでも売っています…気持ちをしっかりお持ちください」。奈良屋が帰った後も、須賀は「畜生!」を幾度となく繰り返し、「先生を助けるために操を破ったのは真心があればこそ。その真心とやらが偽りだなんて。何もかも踏みにじりやがって…」。さぞや悔しかったろう。
だが、須賀はここで決意する。「いつまでも泣いていても仕方ない。久しぶりに踊ります。それで吹っ切りたい」。贔屓の根岸の安達屋で、近江屋喜左衛門ら世話になっている人たちを前に、巴御前を舞うという。「ここで舞わないと、先生に済まない」。果たして、その一世一代の舞い納めは素晴らしいものだった。
そして、次の行動だ。金谷に手紙を出し、安達屋に一人で来てほしい旨を伝える。金谷は「ご亭主は気の毒だった。八方手を尽くしたが駄目だった。改めて悔やみを言う」。須賀は「私も泣き果てて、もう涙が出ません」と言った後、金谷に向かって「先日、真心をお貸しくださいました。それが本当なら私のことを可愛がってくださいよ」と続け、一つの盃で固めの盃を交わす。夫婦になりましょう、ということを須賀は金谷に対して態度で示してみせたのだ。泥酔した金谷は喜んだ。
だが、ここからだ。私は旦那の真心に身も心も持っていかれました。良いモノね、この真心。この正宗、曲がるのね。グニャリと曲がる。正宗ってこんなに曲がるのね。これが旦那の真心なんですね。旦那の真心は判りましたから、ようござんすよ。改めて礼を申し上げます。亭主鞠信が大層お世話になりました。操を破ればこそ、立てられる操があると。旦那の真心という偽りにほだされて、私はあなたに身を任せた。かえってそれが亭主を牢死させたかと思うと…馬鹿な自分が恨めしくて仕方ない。生きていても仕方ない。
そう言うと、須賀は「匕首が今度は私の真心ですから…亭主の仇、覚悟しろ!」。金谷の横っ腹をズブリとさして、泥酔して抵抗できない金谷を滅多刺しにする。「地獄に堕ちてくださいな」。首をブツ斬りにして、風呂敷に包み、駕籠を誂え、谷中の南泉寺へ。鞠信が眠る墓に、その風呂敷包みを供える。
あなた、ごめんなさい。私は操を破りました。先生、あなたを助けようと思えばこそ…許してくださいとは言いません。なじってください。罵ってください。今から罵られにそちらに伺います。どんなに私を責めてもいいから、未来永劫、一緒にいてください。そう言うと、須賀は匕首で自分の首を突き、息絶える。壮絶な最期だ。
「名人競 錦の舞衣」は名人気質同士の男女の恋模様を、大塩平八郎の乱を絡めながら、ドラマチックに描いている。決してハッピーエンドではない、哀しい終わり方だが、絵師の狩野鞠信と踊りの坂東須賀の熱情や執念のようなものが感じられて心に沁みる。その圓朝作品を大切に語る喬太郎師匠の手腕も毎回感服するばかりだ。