さん喬・権太楼特選集 柳家権太楼「居残り佐平次」

上野鈴本演芸場八月中席三日目夜の部に行きました。今席の夜の部は吉例夏夜噺 さん喬・権太楼特選集だ。きょうは柳家さん喬師匠が「肝つぶし」、柳家権太楼師匠が「居残り佐平次」をネタ出しである。

「つる」林家けい木/江戸曲独楽 三増紋之助/「寝かしつけ」林家きく麿/「かぼちゃ屋」春風亭一之輔/漫才 風藤松原/「ガマの油」柳家三三/「夜の慣用句」柳家喬太郎/「千早ふる」露の新治/中入り/紙切り 林家楽一/「肝つぶし」柳家さん喬/粋曲 柳家小菊/「居残り佐平次」柳家権太楼

さん喬師匠の「肝つぶし」。さん喬師匠では2018年の「ザ・柳家さん喬」以来だ。お民という男が恋煩いした相手が、日本橋の呉服屋の一人娘で、きっかけを作ろうと褌用に六尺の晒を購入しようとしたら、その娘が「私の小遣いから出していいから、一反そのまま差し上げて」と言う。その後もお民はその娘に会いたくてしょうがなかった。すると、自宅の近所でバッタリ出くわし、「話をしたい」と娘が言うので、家にあげて話し込んでいると、呉服屋の番頭が怒鳴りこんできて、「旦那や女将さんが心配している。この男とは身分違いだ!」。お民が「情けない」と思ったところで、「目が覚めた」。呉服屋に最初に入るところから、全て夢だった…。この噺の発端が興味深い。

“夢の中の女性に恋煩いをする”というのは医者によれば手に負えないことで、しかも「命にかかわる」ことだという。唐土の故事によれば、亥の年、亥の月、亥の日、亥の刻に生れた人間の生き肝を食すると治るという…。この話を聞いた義理の兄は何とかして弟を救ってやりたいと考えた。自分の妹のおふみが亥の年月が揃って生まれたことに気づき、妹の寝姿に馬乗りになり、出刃庖丁で胸元を刺そうとする…。寸でのところで、兄の涙で目が覚めたおふみは殺されずにすむが…。

最後は洒落の効いたオチをつけて、それまでの緊迫した空気を一変させて噺が終わるのがこの噺の身上だろう。だが、なぜおふみの兄が実の妹を殺してまで、義理の弟のお民を救いたいと思ったのか。ここが大事だ。自分が十七で、おふみが五つのときに父親が亡くなって路頭に迷っているところを、お民の父親に助けられ、本当の子どものように育ててくれた。だから今日、自分は職人として稼ぐことができているし、おふみも立派なお店に奉公に出ることができた。いつか、この恩を返さなきゃいけない。そう思っていたが、義父は亡くなってしまった。だから、その息子であるお民を助けてあげたいと考えたのだ。

二親を失った兄妹を自分の子ども同様に育てあげたお民の父親の温情に思いを馳せた。

権太楼師匠の「居残り佐平次」。お調子者の佐平次の活躍ぶりが痛快で、後味の悪さを感じさせず、笑い飛ばして終われるところに、爆笑王の面目躍如たるものを感じる。

若い衆が何度もお勘定を催促に来るのを、佐平次が打っ棄るところが最初の聴きどころだろう。「お天道様が頭の上に昇っちゃった。ちょいとこんなことして直そう」。若い衆が「替り番なんですが…」「あ、そう。お疲れ様!ご苦労様!」「お勘定を…」「それを言っちゃうかね。言わないの。万事、心得ていますよ。酒は辛口がいいな。それに牡蠣豆腐といきたいね…勘定のことは忘れたいの。任せなさい!」。

それで、昼寝したところを起こされて、「寝ちゃったね。昨夜の疲れが出たのかな。湯へ入りたいな」「替り番なんですが…」「お疲れ様!」。湯から上がって、「昨夜の垢が落ちたよ」「お勘定…」「判っているよ!まとめてドン!と払うから…酒だね。毒を以て毒を制す。鰻の中串で、ウナトトがいいね。鰻茶でかっぽれ!なんてね」「ご内所の方が五月蠅くて…お勘定を…」「五月蠅いね!勘定、勘定って、感情を害するよ!何年、この商売をやっているの?今夜は昨夜の3人が裏を返しにきますよ。そして、勘定をドーンと払うよ!それを繋いで待っているのに。粋な遊びを判っていないなあ」。

そして、翌朝。「御三人様、お越しになりませんでした。ご内所は怒っています。どうか、お勘定を…」という若い衆に対し、ついに佐平次は開き直る。「勘定を払うことは心得ているけど、お金は無い!」「お友達は?」「どこの誰だろう。極々新しい友達でね。昨夜、新橋の軍鶏屋で一緒になっただけ」。もっと強面の若い衆が催促に来ると、「大きな声を出して勘定が出てくるようだったら、私も大きな声を出していますよ。成り行きでしょう。行燈部屋にでも下がりましょう!」。どこまでも肝っ玉が据わっている佐平次だ。

“居残り”として棲息し始めると、佐平次の調子良さはさらの磨きがかかる。紅梅を待っている勝五郎の部屋に潜入し、「若い衆みたいなものです。あなたは、紅梅さんのところの勝っつぁんでは?いつも、『うちの勝っつぁんが』『うちの勝っつぁんが』と聞いております。“うちかっつぁん”!男が惚れる男でなけりゃ、粋な女は惚れやせぬ!いい男だ~!」。これですっかり勝五郎は乗せられて、「これで煙草でも買え」とご祝儀を渡す始末。

「勝っつぁんばかりが客じゃないよ」というおばさんに、紅梅は「私は男嫌いで通っているんだ。勝っつぁんしか好きになれないんだ!」。紅梅さんを独り占め!色男!色魔!三味線をつま弾いて、♬浮名立ちゃ、それも困るし、世間の人に知られないのも惜しい仲~と歌って、「勝っつぁん」とため息をつくんだ。勝五郎を持ち上げるだけ持ち上げて、紅梅が部屋にやって来るとサッと身を引く鮮やかさ。

酒の相手はできる、三味線は弾く、唄は歌う、踊りは踊る、小咄まで出来るという座持ちの良さで、二階を稼ぎまくる佐平次の活躍ぶりが痛快だ。座が白けると、「あの居残りを呼べ!」と声が掛かり、「ちょいと、イノドーン!13番さん、お座敷ですよ~!」。真っ赤な長襦袢で踊る“トンガラシ踊り”は十八番で、客の皆も真似をするという…。飯炊きの権助は風呂で佐平次の背中を流して御祝儀を貰っているという。佐平次が店をジャックしている様子が目に浮かぶような実に愉しい高座だった。