柳家喬太郎みたか勉強会「純情日記 祖師ヶ谷大蔵篇」
柳家喬太郎みたか勉強会の昼の部と夜の部に行きました。
昼の部 「道灌」柳家おい太/「猫久」柳家喬太郎/中入り/「親子酒」柳家やなぎ/「孫、帰る」柳家喬太郎
夜の部 「寿限無」柳家おい太/「粗忽の使者」柳家喬太郎/中入り/タイトル未定 柳家やなぎ/「純情日記 祖師ヶ谷大蔵篇」柳家喬太郎
「孫、帰る」。夏休み、母ミヨコの実家に一人でやって来た息子ケンイチとおじいちゃんの屋根の上でのやりとり。「そっちでは友達はできたか」「うん。沢山できた」「お母さんは優しいか」「怒ると恐いけど、優しいよ」。成長した孫を嬉しそうに愛しみ、おじいちゃんは「たまには我儘を言ってもいいんだぞ」と甘えさせる。
それに答えるケンイチの答えに胸が締め付けられる。「僕ね、やっぱり死にたくなかった。生きていたかったよ。死にたくなかった。うん、生きたかった」。おじいちゃんは哀しい顔で「そうだよな。お前とお母さんはちゃんとシートベルトをしていた。なのに、酔っ払い運転する馬鹿がいて…」。どうすることもできない自分が悔しくて、おじいちゃんは涙をいっぱい浮かべて黙っているばかりだ。
「僕、そろそろ帰らなきゃ」と言ってケンイチは消えてしまう。それでも暫くはじっと黙って涙を堪えるおじいちゃんの表情に心を奪われる。そこに買い物から帰ってきたおばあちゃん。「また、昔のことを思い出していたんですね」。ケンイチが来たと知ると、「気の早い子ね。お迎え火も炊いていないのに」。その言葉でまた再び胸が締め付けられる。
覆水盆に返らず。緑のおばさんならぬ“緑のじいさん”として、学校の前の横断歩道で登下校する生徒たちの交通安全を守ることが、おじいちゃんができるせめてもの供養なのだろう。秀作である。
「純情日記 祖師ヶ谷大蔵篇」。2016年7月の鈴本演芸場の特別興行「ウルトラ喬タロウ」で創作ネタ卸しされ、翌月に「晴れたら空に豆まいて」と「喬太郎みたか勉強会」で聴いて以来、実に8年ぶりである。
50代半ばの独身の主任は会社の上層部に反発してばかりで目障りな存在、厄介払いというのだろうか、中東の地に転勤を命じられてしまった。そんな主任は子どもの頃からウルトラマンが好きで、同じくウルトラ好きだった父親との思い出を、祖師ヶ谷大蔵の街を歩きながら女性の部下に問わず語りするというのが、この噺の芯だ。
大阪に行きたいと言えばゴモラがいるから駄目だ、熱海温泉はギャンゴに襲われる、ロマンスカーに乗って箱根へ行こうと言うとワイヤール星人が乗っている、神戸にはキングジョーがいる…。そんな共通の話題で父親とやりとりしていたと振り返る。
この祖師ヶ谷大蔵にはかつて円谷プロがあった、東宝の撮影所もあった、大蔵団地に住んでいた、百窓ビルにチビラくんの家がある設定だった、そして今も“ウルトラマン商店街”と名乗っている、と思い出は尽きない。
躾の厳しい父親は息子の自分に正座をさせて、「ウルトラ5つの誓い」を言わされたのだという。一つ、腹ペコのまま学校に行かぬこと。一つ、天気の良い日は布団を干すこと。一つ、道を歩くときには車に気をつけること。一つ、他人の力を頼りにしないこと。あともう一つは…、主任はなぜか思い出せない。
すると、部下の女性が「一つ、土の上を裸足で走り回って遊ぶこと、ですよ」と難無く答える。主任よりも30歳以上年下の彼女がなぜそんなことを知っているのか…。彼女はずっと主任のことが好きで、初代ウルトラマンにまで遡って勉強したのだという。
中東に転勤する主任が「僕はバラージに行くんだ。アントラーが襲う女王チャータムを救うんだ」と冗談まじりに言うのを聞いて、彼女は「私も一緒にバラージに行かせてください」。彼女は本気なのだ。
「私、主任のことが…」。M78星雲に向かってワイヤール星人の乗っていないロマンスカーが夜空を走り抜け、彼女の言葉はかき消された…。この新作落語は単なるウルトラマン好きが創ったマニアックな落語ではない。そのロマンチックな終わり方に喬太郎落語の美学を見た気がした。