一龍斎貞鏡修羅場勉強会「木村又蔵 鎧の着逃げ」、そして林家つる子独演会「酔の夢」

一龍斎貞鏡修羅場勉強会に行きました。「木村又蔵 鎧の着逃げ」と「紺屋高尾」の二席、開口一番は一龍斎貞介さんで「笹野名槍伝 海賊退治」だった。

「鎧の着逃げ」、前座が短くやる部分の前後をきちんと演じ、真打の素敵な一席に仕上げていた。前部分は木村又蔵が加藤清正に対してどんな恩義があるのかという発端。後部分は姉川合戦に駆け付けた木村が敵方の網島瑞天坊に相対して落馬させたという武勇伝。どちらも“修羅場”の勉強会に相応しい演出で聴かせてくれた。

木村又蔵は母が病気で床に伏せ、5両する朝鮮人参を飲ませないと治らないが、浪人ゆえ一文無しという悲しさ。外に出て、酩酊している侍、井上大九郎に無心しようとしたが、井上もまた浪人で一文無し。そればかりか、口論から立ち合うという、“おけら同士の喧嘩”に発展してしまう。その仲裁に入ったのが、見廻りをしていた加藤清正で、事情を聞いた加藤は親孝行に感心して木村に5両を渡す。しかも、木村と井上が加藤の家臣になった…。この前段部分、なかなかに興味深かった。

そして姉川合戦が始まると、木村は主人の加藤に加勢したい。だが、戦地で必要な鎧がない。武具を求めて彷徨うも、手持ちは三貫五百しかない。そこで思い付いたのが“鎧の着逃げ”というわけである。大黒屋福兵衛という店に入り、鎧の値段を訊くと「60両」。木村は試しに着用すると、「一番槍を見せてやる」と言って、三貫五百しか入っていない風呂敷包みを置いて、店から飛び出したまま戻ってこないという…。食べ物屋の食い逃げは数あれど、鎧の着逃げには店の人間も呆気にとられるばかりという図を想像するだけでも面白い。

そして、木村はそのまま鎧を着て槍を抱え、戦場へ赴く。ここで敵方の網島瑞天坊と立ち合う。ここも井上大九郎との立ち合い同様、貞鏡先生は気持ちの良い修羅場読みを披露して、見事な高座を堪能することができた。

夜は林家つる子独演会に行きました。「片棒」「ミス・ベター」「酔の夢」の三席。開口一番は柳家小きちさんで「弥次郎」だった。

「酔の夢」は吉原を舞台に遊女たちの悲哀を描いた創作のネタおろしだ。吉原では集客のために色々なイベントをおこなった、中でも夜桜と玉菊燈籠と吉原俄の三つは盛大だったとマクラで振る。

中万字屋の売れっ子花魁、玉菊が出入りの易者に手相を見てもらう。だが、玉菊は甘露梅を漬けていたために掌が真っ赤でこれでは見られない。筮竹で占うと「水に気をつけるように」という易が出た。そして玉菊は後輩の佳乃を呼ぶ。今度、俄に出る佳乃にどんな出し物をやったらいいか、易者に見てもらえばと言う。佳乃の相を見た易者は「陰の気がある。この陰を極めれば陽転する」、つまり普段は女性らしいが、いざとなると男として成功する要素を持っているというのだ。

今度の吉原俄にはお芝居をしたらどうか、と玉菊が提案すると「忠臣蔵が好き。とりわけ七段目のおかるが好きだ」という佳乃。これに対し、易者は「あなたは男役で成功すると思う。五段目の斧定九郎がいい」と薦める。果たして、佳乃の演じる定九郎は素晴らしく、玉菊も「夢の中にいる心持ちだ。見惚れちまったよ」と絶賛した。

吉原は遊女が足抜けできないように四郎兵衛会所という番小屋を設けて、厳しく見張っている。これまで多くの遊女が男装して大門をくぐろうとしたが失敗して、酷い目に遭わされている。だが、佳乃は失敗してもいいから足抜けをしてみたいと玉菊に言う。「私、ここ吉原にいて生きる意味を見出せない。俄に出るようにお店が仕掛けたのも、これで話題になれば人気が出て、客を沢山取るようになるかもしれないと考えたからだということは判っている。私、芝居が好きだった。芝居に携わりたいと思っていた。だけど、吉原に売られてしまった。もう一度、夢を見てみたい。失敗しても未練はない。だから私…」。

玉菊は佳乃の気持ちを汲んで、三日後に自分の部屋に誰も気づかれないように来るように言う。そして、玉菊が懇意にしている女形の役者、朝之丞を部屋に呼んだ。佳乃の顔を見て、朝之丞は「俄の噂はこちらまで聞こえていますよ。顔立ちも上背も男役に向いていますね。いけるかもしれません」。佳乃に化粧を施し、黒髪をプッツリと切って、朝之丞と瓜二つに仕上げた。どこからどう見ても男である。

外は雨。玉菊が差す傘に入った佳乃を大門まで見送る。「外へ出ても皆に夢を見せるんだよ。あんたは今、お役者なんだ」。四郎兵衛会所の番人が「被り物を取れ」と言って検める。玉菊の「また来てくんなまし」という台詞に、佳乃は堂々と「必ずまた来る」と答える。出られた!足抜けは成功したのだ。

佳乃が易者宅を訪ねる。「朝之丞殿?」「いえ、佳乃です」「大門を出られたのですね」「先生を訪ねろと玉菊姐さんに言われました」。佳乃は朝之丞の口利きで旅一座の一員になることが出来た。これから先、厳しいかもしれないが夢を追えることに感謝している。

易者が佳乃に「お報せがある」と言う。「玉菊花魁が亡くなった」。佳乃は私のせいだと責めた。足抜けのとき、雨が降っていた。玉菊は「水に気をつけろ」という易が出ていたのでそう思ったのだ。「足抜けに関わった罪で酷い目に?」。すると易者が言う。「酒です。酒が祟って亡くなった。大好きな酒を飲み過ぎたのが障りになったみたいです」。水に気をつけろというのは、酒のことだったのか。「幸せそうな顔だったそうです」「姐さんらしいな」。河東節が近所から聞こえてくる。「河東節。姐さんは酔うと唄っていた。きっと向こうでも唄っているんでしょうね」「きっと玉菊の夢と酔いも生涯醒めないでしょう」。

才色兼備と称された花魁、玉菊。彼女が亡くなってからというもの、その供養も兼ねて吉原ではお盆になると沢山の燈籠を飾るようになった。玉菊燈籠の由来とともに遊女たちの悲哀を描いたつる子師匠の創作に唸った。