春風亭一之輔独演会「百年目」、そして かしめのピン・春

三鷹市公会堂の春風亭一之輔独演会に行きました。「花見の仇討」と「百年目」の二席。開口一番は春風亭貫いちさんで「子ほめ」、ゲストはパントマイムのシルヴプレ先生だった。

「百年目」。さすが一之輔師匠!独自の脚色によって「上司と部下の信頼」はかくありたいと思える、説得力のある一席を聴かせてもらった。

偶然に向島で花見の遊興に耽る番頭の治兵衛の姿に出くわした旦那は、一晩眠れなかったという。あの遊びっぷりを見たら、情けない話だが店の身代が気になって、普段は目を通さない帳面を検めた。だが、一点の穴もない。辻褄が合う。つまりは番頭さんは自分の稼ぎで遊んでいることが判った。「名番頭だ」と感心し、女房にそのことを話したら、「あんな堅い番頭さんが…」と驚いて、二人で一晩中思い出話をしていたという。

治兵衛がこの店に連れて来られたのは八つのとき。親類に二親と死に別れた可哀想な子がいると聞いて、奉公に来てもらった。寝小便はする、二桁の算盤がなかなか覚えられない、こんな者を置いておいてもしょうがないと周囲の者は言ったが、どこか見どころがあるのではと思い、置いておいた。私の目に狂いはなかった。

松吉という1年先輩の小僧がいた。治兵衛とは仲が悪かった。あるとき、使いに出た治兵衛が戻ったら、お釣りが足りないことがあった。松吉は「盗んだに違いない!」と責めた。治兵衛は「そうじゃない。転んだんだ。そのときに落としたのかもしれない。拾ってきます」と店を出た。そして、夜遅くなって泥だらけになった治兵衛が「お釣りがありました!」と戻ってきた。伊勢屋の脇の路地のドブに落とした銭を必死になって拾ったのだという。

「信じてください!嘘じゃない!」。そういう治兵衛に対し、松吉は「ごめんね」と謝ると、治兵衛は「もういいから。これから仲良くしてね」。この子は人を許すことが出来る情のある子だと思った。松吉が親の事情で国許へ帰ることになったときも、治兵衛は松吉の背中をいつまでも見送り、「行っちゃいましたね。またいつか会えますよね」と言った。この店に置いておいて良かった。今じゃ、立派な番頭さんになった。旦那が感慨深く話すエピソードが泣かせる。

その後に旦那が番頭に示す心得を経て、「旦那という名の由来」にいくのも良い。番頭さんは商いの道を究めた人だ。何の心配もいらない。だから、遊ぶときは大っぴらにパーッと遊びなさい。こそこそ遊んでもつまらないでしょう?それが自分に生きてくる。人間の角が取れる。帳場でしかめっ面して小言ばかり言っていると、奉公人たちは萎縮してしまう。角が取れた番頭さんがニコニコしているとお店も上手くいく。

店の栴檀は威勢が良いが、南縁草が萎れているようです。何でこんなことが出来ない?何でこんなことが判らない?と歯痒く思ってはいけない。あなたがここまで立派な番頭になったように、亀吉や定吉もそうやって出世するかもわからない。どうか、南縁草に露を落としてやってください。

旦那が治兵衛を別家させなかった自分の非を謝るのも良い。私がいけなかった。ぼんやりしていた。もっと早くに店を持たせなきゃいけなかった。来年は必ず別家してもらいます。あと一年、奉公人たちを頼みます。そうだ、来年の春は二人で花見に行こう。あの長襦袢はどこで誂えたんだい?揃いの長襦袢で、芸者さんや幇間、それに店の者も入れて、パーッとやりましょう!別家の祝いだ。実に気遣いのできる旦那だ。こういう旦那の許で働くから、優秀な番頭が育ったとも言えるのではないか。素晴らしい上司と部下の信頼関係を見た。

夜は「かしめのピン・春~立川かしめ独演会」に行きました。「饅頭怖い」「寿限無」「時そば」の三席。

と言っても、勿論普通の古典落語ではない。かしめさんの創意工夫が凝らされた、“一筋縄ではいかない”噺に仕上がっている。それがかしめさんの落語の魅力だ。だが、その創意工夫が行き過ぎると、置いてけぼりになってしまうことがある。

きょうの趣向は「会場にたった一人のお客さん、それも落語初心者で、そのお客さんに対して落語を演じる」という体裁を取った落語のスタイルだった。つまり、メタ構造になっている。この落語会全体(中入り休憩も含め)で一席という仕掛けだ。このことが果たして効果的だったのか。個人の意見を言わせてもらうと、少々ついていけなかった。

「饅頭怖い」。人に傷つけられることが怖かったが、今は人を傷つけるのが怖い…といった深い“怖い”が入り混じっているところが良かった。尚且つ、自分が怖いと思うものを言わせるのはパワハラではないか?という提言も面白い。

「寿限無」。スタミナ太郎と名付けようとする父親を見て、母親が和尚さんに名付けてもらいなさいという発端、お金持ちになる名前を!というリクエストに、「ショウヘイ」。大谷翔平を連想するだろうが、笑福亭笑瓶というのが面白い。家族は割り切って、「ジェゲスケ」とか「パコピー」とか「J」と省略しているのも皮肉で良かった。そして、「コブが引っ込んじゃった」で頭を下げた後、「ここまでが名前なんです」という…。

「時そば」。色々な蕎麦屋が登場して、売り声をやるのが味噌か。密林の蕎麦屋とか、脱法の蕎麦屋とか、「そばうー」でなくて「ドナウ~」ってドナウ川のこと?とか。最後は「16文の蕎麦を15文払ってもらうサービス」をする蕎麦屋って!?

かしめさんの発想はユニークで好きなので、置いてけぼりを食らわないよう、頭を柔軟にして頑張りたいと思います。