ザ・桃月庵白酒「今戸の狐」「居残り佐平次」
「大手町独演会 ザ・桃月庵白酒」に行きました。「短命」「今戸の狐」「雛鍔」「居残り佐平次」の四席。
「今戸の狐」は符牒の組合せが愉しい噺だが、それだけにマクラできちんと仕込まなければいけない。白酒師匠はこれが実にスマートで心地よい。
博奕に使われる賽子は素人だと木や泥で出来たものを使うが、本式だと動物の骨、すなわち“コツ”を使うこと。賽子一つだとチョボイチ、二つだと丁半、三つだとキツネと呼んだ。また、昔の前座は無給で働いたために、小遣い稼ぎで中入りで籤を売って、夜になると二階の前座部屋で売り上げの金勘定をしたこと。吉原以外の岡場所は品川だとミナミ、千住だと小塚原の処刑場があったことからコツと呼ばれた…等々。
初代三笑亭可楽の弟子の良助、二つ目に昇進したために内弟子ではなくなったが、逆に自活しなければならず、師匠からは禁止されている内職に内緒で手を出す。近所の小間物屋のおかみさんは元は千住の女郎だったが、今では堅気となり、内職で今戸焼の狐の彩色をやっていて、それを良助も教わることに。
町内の渡世人の男が可楽の家の二階で夜に金勘定している声に気づき、「これは博奕をやっているに違いない」と、「キツネが出来ていることは判っているんだ。少しこしらえてもらいたい」と可楽を強請るが、根も葉もないことなので、追い返された…そのときに弟子が「キツネ?それだったら橋場の良助兄さんのところでできていますよ」と教えたばっかりに…。
「キツネ、できているんだろ?」「え?…実は出来ています。暮らしがきつくて、つい手を出しました」「そうだろう。これから俺が顔を出すたびに、ちょいとでいいから、こしらえてほしいんだ」「今はお得意様も増えて大口しか扱っていなんです。金張り、銀張りもあります。ようやく顔が揃うようになりました」「どこで出来ているんだ?」「この戸棚の中…」「見せてくれ。壊すようなことはしないから」。二人の勘違いが気持ち良く合致する面白さよ。
「こちらでございます」「こんな泥じゃない!」「コツのキツネだ!」「ああ、それなら、お向かいのおかみさん」。鮮やかにサゲが決まって、気持ち良い。
「居残り佐平次」。お調子者の佐平次が「居残りがいないと店が廻らない」と言われるまでになるという…。その活躍ぶりが痛快だ。
若い衆が「替り番なので、お勘定を…」と催促する度に、「遊びというものは、どこまでやったら飽きるのか。それを突き止めたいんだ。勘定と言われると気が削がれる。まとめて、ドーンと払いたい」とか、「なんで、モノがわからないんだ。三枚の駕籠が四丁、昨夜の4人がやって来るのを繋いで待っているんだ。裏を返さないのは客の恥、馴染みをつけさせないのは花魁の腕が悪いなんてことは心得ている兄さんだ。そこに気が付かないのは野暮だよ。近頃、品川では野暮が流行っているのかい?」とか。煙に巻くのが上手い。
最後に「兎に角、お勘定をいただきたい」と迫られ、「遊び尽くして、その向こう側には何があるのか?知りたいんだ」と言うと。「向う側はお勘定です」で、お手上げに。後は居直って、「無い!お金はありません!一文無しのカラッケツ!」。4人の友達は一昨日、新橋の軍鶏屋で知り合った極新しい友達。どこの人だか、判らない。布団部屋に案内されて、籠城を決め込む佐平次に反省の色などこれっぱかりもないのが愉しい。
霞さんのところの勝っつぁんへの取り込み方も巧い。のべつ“うち勝っつぁん”のことばかり考えている霞さんは、暫く勝っつぁんが来ないと、うわの空でぼんやりして、ため息まじりに「ハァー、勝っつぁん」。それが来たとなると、とぼついちゃって、「人の知らない技を心得ているな。この色事師!」。勝っつぁんも本気にして、「煙草でも買え!」と祝儀を渡しちゃう始末。
女将さんが「勝っつぁんだけが、お客じゃないのよ!」と叱ると、霞さんは三味線をつま弾いて、♬浮名立ちゃ、それも困るし、世間の人に、知られないのも惜しい仲ぁ~。「女殺し!人殺し!」。
すっかり店の人気者になった佐平次。「芸者でも呼びましょうか」「いいよ。それより、あの居残りはいないの?」「ちょいと、イノドーン、13番お座敷!」「ヘーイ、ヨイショ!」。居残りがいないと店が廻らないと言われる存在になるという…。すごい。
とうとう店の旦那に呼び出されて、「お金は少しずつ返して貰えばいいから、一旦お家にお帰りなさい」と優しい言葉を掛けられたのに乗じて、自分は「一旦外に出るとお縄になる」凶状持ちだと告白し、「小さな頃から悪ガキで、15で不良と呼ばれたよ。ナイフみたいに尖っては、触るものみな傷つけた…」。ギザギザハートの子守唄の歌詞なのが、最高に可笑しい。
どこまでも煙に巻いて、“高飛びの資金”や着物、足袋、履物まで貰って、鼻唄まじりで店を後にする佐平次、痛快なり。