天中軒雲月「男一匹 天野屋利兵衛」、そして古今亭駒治「公園のひかり号」

木馬亭の日本浪曲協会二月定席四日目に行きました。主任が天中軒雲月先生だったので、二日目に続いてそれを一番の目当てに行ったのだが、雲月先生の素晴らしさは勿論だが、講談の一龍斎貞弥先生がとても良かった。木馬亭定席では8人が高座に上がるが、7人の浪曲に挟まる形で1人だけ講談師が出演する。いつも箸休め的に聴くのだが、きょうは聴き入ってしまった。

「阿漕ヶ浦」玉川き太・玉川みね子/「甚五郎 小田原の巻」東家千春・伊丹秀勇/「わさもん。~やまが八千代座復興譚」港家小ゆき・佐藤貴美江/「陸奥間違い」玉川福助・玉川みね子/中入り/「鯛」(桂三枝作)真山隼人・沢村さくら/「春重出世の富籤」一龍斎貞弥/「夢二の女」澤順子・佐藤貴美江/「男一匹 天野屋利兵衛」天中軒雲月・沢村さくら

貞弥先生の「出世の富籤」。千両富が当たった四両二人扶持の侍、井上半次郎に対する妻お松の凛々しい態度に感心する。富くじに当たって喜ぶなんて、さもしい、悲しい。直参の武士としてのプライドはないのか。5千人が富を買って、当たらなかった4990人の気持ちを考えなさい。千両金が何でございます?その札はお棄てになりますように。心に緩みが出ます。

貧乏していても武士の妻としての誇り、了見を忘れないという素晴らしさ。そのことがなぜか寺社奉行にまで美談として伝わって、御小人目付に登用され、とんとん拍子に出世して末には200石取りにまで出世するという…。そして、富くじを購入前に、店の金1両2分を掏られて途方に暮れていた小僧に金を恵んでやったことも、17年後に紙問屋の近江屋主人となったその小僧と再会を果たし、娘千代との縁談に繋がった…。目先の運を焼き捨てたことが、もっと先のもっと大きな運を引き寄せるという…、生きる上で大切なことは何かを教えられたような気がした。

雲月先生の「天野屋利兵衛」。義理と人情の物語をカッコよくうなった。大石内蔵助に頼まれ、夜討ち道具を準備したことは決して口を割らない天野屋の気概。7歳になる我が子、吉松が目の前で火責めに遭わされても、「浪士の苦労が水の泡になることを考えたら、我が子の火責めくらいはなんのその。ここが我慢のしどころ」と歯を食いしばる義侠心に頭が下がる。

西町奉行の松野河内守に「血もなければ、涙もない奴。これでも白状しないのか」と言われ、「町人なれども天野屋利兵衛、男と見込んで頼まれたからには、決して白状いたしません…天野屋利兵衛は男でござる!」。

これを見て河内守は「身体を大事にせよ」と言い残して、天野屋を牢内に戻した。そして、赤穂浪士が見事仇討本懐を遂げてから、天野屋利兵衛はすべてを白状、河内守は天野屋に3年の土地払いを命じ、天野屋は泉州堺で天寿を全うしたという。天野屋の義侠もすごいが、河内守の情けもさすが名奉行と呼ばれただけのことはあるなあと思う。

夜は上野鈴本演芸場二月上席四日目夜の部に行きました。今席は古今亭駒治師匠が主任の「駒治新作落語ナイト10デイズ」というネタ出し興行。二日目に続いて、伺った。今夜は「公園のひかり号」だ。

「子ほめ」春風亭らいち/「令和が島にやってきた」林家きよ彦/太神楽 翁家社中/「金明竹」柳家小せん/「首領が行く!」林家きく麿/浮世節 立花家橘之助/「初音の鼓」古今亭文菊/「鉄千早」柳家小ゑん/中入り/紙切り 林家楽一/「初天神」隅田川馬石/ものまね 江戸家猫八/「公園のひかり号」古今亭駒治

駒治師匠の「公園のひかり号」。素敵な人情噺だ。「団子鼻」という愛称で親しまれた0系新幹線の車輛が置かれた公園。その公園のある町に最近引っ越してきた少年ヨシオと新幹線開業以来40年以上、新幹線一筋に車掌を続けてきたおじいちゃんとの出会いがとても良い。

おじいちゃんは新大阪行きのひかり23号の車掌として、発車のベルが鳴ると、出発進行の合図を出し、車内アナウンス、切符の検札、ワゴン販売まで演じる。言ってしまえば、電車ごっこだ。それを馬鹿真面目にやるおじいちゃんが好きで、ヨシオは毎日のように公園に通った。

ある日、この公園におばあちゃんが現れ、「懐かしい。うちの人はひかり号の車掌だった。昔気質の人で、職場には来るなと言っていた。だけど、一度だけ内緒で乗ったことがある」とヨシオに語る。そして、そのおばあちゃんは毎日のように電車ごっこをしていたおじいちゃんの奥さんだった。ヨシオがおばあちゃんに「ケーキを食べにおいで」と言われたので家を訪ねると、丁度おじいちゃんの四十九日だったのだ。

ヨシオはおじいちゃんの仏前で線香を手向けると、公園に行く。0系が引退すると聞いて、おじいちゃんは引退セレモニーをすると言っていたからだ。すると、ひかり号のヘッドライトが点いていて、おじいちゃんが出迎えてくれた。「坊や、よく来てくれたな」。ヨシオが「遠くへ行っちゃうの?嘘だよね」と訊くと、おじいちゃんは「私の仕事は旅だからな」。それはおじいちゃんの幽霊かもしれないが、確かに新幹線の車掌の凛々しい姿だった。

そこへ、おばあちゃんもやって来る。「わしのひかり号にお前も乗せてやれば良かったな」「実は乗ったことが一度だけあるのよ」。おばあちゃんも夫の車掌として勤務する凛々しかった姿を思い出していたのかもしれない。

「発車の時刻だ」「行かないで!」「行ってくるぞ。さようなら」。おばあちゃんが言う。「私はこちらでもう少し頑張ってみます」。星になった新幹線の真っ赤なテールライトがどこまでも輝いていた…。

新幹線ひかり号の車掌という職務に長年誇りを持って働き、そして天寿を全うしたおじいちゃん、とてもカッコイイと思った。