立川談笑著「令和版 現代落語論」

立川談笑著「令和版 現代落語論~私を落語に連れてって~」を読みました。

大変な名著である。落語を聴いてみようかな?と思っている人への誘導にもなっているし、落語を長年聴いている人が「合点!」と膝を打ち、腑に落ちる内容にもなっている。面白かった。

特に第一章の「落語って、なんなんだろう?」の最後の部分、「時代の変化とともにある落語」が興味深い。落語界隈でのこの十年ほどの急激な変化として、①客席に女性が増え、女性落語家も増えた②コンプライアンスやハラスメントなどに対し客席がいくぶん敏感になった、の二つを挙げている。

またそれとは別に、急激ではないもっとゆっくり三十年ほどかけて進む変化として、①古典落語の自由化②新作落語の台頭③フリートーク的なマクラの充実の三つを挙げている。

前者を急激な変化、後者をゆっくりの変化と呼ぶならば、後者の蓄積によって前者の①があり、前者の②が後者によって絶妙に調整され、成立していると言えるのではないかと思った。

これまで落語は基本的に男目線だと言われてきた。だから、落語家という職業は女性に向いていないとされてきた。だけれども、落語は時代に対して意外に敏感で、古典落語が現代的センスで自由に描き直され、新作落語もかつてない隆盛を誇っている。そのことによって女性のお客さんも落語を受け入れられるし、女性落語家も活躍できる素地が出来上がっているのだ。ゆえに落語は古典芸能という範疇にありながら、大衆芸能として古びることなく継承されているのだと思う。

コンプライアンスについては、談笑師匠が与太郎を例に挙げて変化を説明しているのがわかりやすかった。近年、与太郎の表現がマイルドになってきたと。若手落語家たちが口を揃えて「昔みたいな与太郎は今ではもう無理です」と言っているという。落語界のスーパースターである与太郎が自由奔放に活躍するのが落語の魅力、そこの表現に多様性を持たせ、お客さんに違和感なく楽しんでもらう努力があれば、この先も落語というエンターテインメントは廃れない。

古典落語の自由化について、談笑師匠の「落語本来の柔軟な姿を取り戻した」という解釈に納得した。江戸中期に輸入された中国の笑話集「笑府」に掲載されていた原話を紹介し、これが今の「饅頭怖い」になったという例はとてもわかりやすかった。かつては「古典落語は軽々しい工夫はせずに『きちんと』演るのが正道だ」という考えが支配的だった。だが、立川談志師匠が「現代落語論」で旧態依然を良しとして現代なりの工夫を放棄するなら、大衆芸能である落語は大衆とかけ離れてしまうと鋭く訴えた。

談笑師匠自身も古典落語に創意工夫を施すと、「ぶっ壊し」と批判された経験があるという。だが、ゆっくりと少しずつ「常識」は変り始めた。今では若手落語家でも自前で作った新しいギャグを入れ、思い切ってサゲを変えることもよくある。女性落語家が古典落語を女性目線で再構築してみせて、評価を得ている。落語は「本来の柔軟さ」を取り戻したこと、大変に喜ばしいと思う。

これにリンクする形で新作落語の隆盛がある。古典も新作もどちらも演る二刀流落語家が圧倒的に増えたと談笑師匠は指摘する。新作落語が基本だが、新作のセンスを生かした古典落語を演じるパターン。基本は古典落語だが、誰かから新作落語を譲り受けて古典の技術で演じるパターン。特筆すべきは、基本がどちらということもなく、古典も新作も自由に行き来している若手落語家が活躍していることが本当に頼もしい。

最後に、フリートークのマクラの充実だ。かつては粗忽の噺には粗忽のマクラ、泥棒の噺には泥棒のマクラ、という風に定番の小咄で客席を温めて本題に入るのが王道だった。談笑師匠は「アイスブレイク」というコミュニケーション術の言葉を使って、赤の他人が集まる空間において聴き手の関心を引き寄せる「つかみ」の重要性を書いている。立川談志師匠は本題とは関係なく、政治漫談や社会批評を高座の冒頭に振って、これをマクラとしたのが画期的だと言われたが、今やこちらのマクラの方が一般的になってきた。

決まり切った粗忽や泥棒のマクラを聴いても、客席は温まるどころか、白けてしまう。それよりも、落語家個人の身辺雑記を愉しく笑いを取りながら話すマクラの方が面白く、その高座に聴き手はのめり込んでいく。マクラの面白い落語家は本編の落語も面白い。そう言っても過言ではないほど、フリートークのマクラが今や全盛になっているし、それは間違ったことではないと思う。

立川談笑著「令和版 現代落語論~私を落語に連れてって~」の第二章では、落語界のゆっくり変化の①古典落語の自由化について、談笑師匠が具体的にどのようにして古典落語9席を現代の大衆に受け入れられるように工夫しているか、その理由も含めて丁寧に解説している。落語マニアも、初心者もどちらも楽しめる著書となっている。是非、読んでいただきたい!