春風亭柳枝「品川心中」、そして古今亭文菊「藪入り」

「柳枝のごぜんさま~春風亭柳枝勉強会」に行きました。「金明竹」「宗論」「品川心中」の三席。「品川心中」を本来のお染に仕返しするサゲまで演じる高座を聴いたのは、相当久しぶりだと思う。良いモノを聴いた。

「品川心中」。城木屋の板頭のお染の安直。年を取り、人気が落ちて、お茶を挽くことも多くなり、紋日に移り替えが出来なくなってしまった。後輩たちからは陰口を叩かれる。プライドが許さない、悔しいから、いっそ死んでしまおう。でも、独りで死ぬのは惨めだから、心中して浮名を流そう。心中してくれそうな相手はいるかしら…。

そこに引っ掛かる貸本屋の金造も安直だ。「一番会いたい人に会ってから死のうと思った…私は金ちゃんに惚れていた。でも、本気になるのが怖かったの。本当の間夫、ホンマブよ」というお染の台詞を真に受けて、「俺も死ぬよ。付き合うよ」。そんなに命を軽々しく捧げちゃいけない。

実際、品川の海に飛び込んだ、というよりはお染に突き落とされたんだけども、後から飛び込むはずのお染が後ろからやってきた喜助に止められて、よく話を聞くと「番町の旦那が金を持ってきた」。金は出来たとなると事情は違ってくる。「それなら死なない」で、「来るのが遅い!先に一人、入っちゃっているんだよ」。それが金造と聞いて、喜助は「だったら、死んでも気づかれない」。

お染も同意し、「金ちゃん!なんで死んじゃったの?私、お金ができたから死にたくないの。40年、50年先に必ず逝くから、それまで先に逝って待っていてね!」。現金な奴もいたもんだ。

品川の海は遠浅で金造は助かったからいいけれど、その了見が気に食わない。悔しい。事情を聞いた親方が仕返しの芝居を考えてくれた。この芝居が面白い。金造が翌日に城木屋を訪ねる。驚く喜助とお染。「お染に会いたい。あの世から帰ってきた」。お染は「無事で良かった」と答えるも、金造は「一遍は死んだんだ。三途の川を渡ろうとしたら、後ろから呼ぶ声がしたので、戻ったんだ」。

ここぞとばかり、金造は縁起の悪いことを並べる。「酒は要らない。喉が渇いたから水をくれ」「つまみも白団子でいい」「飯は丼に山盛りで箸を突き立ててくれ」「鳴り物は木魚と鈴がいい」「お経が聞きたい。お線香の匂いが嗅ぎたい」…。

そこへ親方が兄貴分、繁蔵が弟役として城木屋を訪ねる。「金造が溺れ死んだ。懇ろに弔いたい。今晩は通夜だから、お染さんにも線香の一本も手向けてやってほしい」。お染が「金造さんなら、部屋にいるよ!」。弟役の繫蔵が「懐にあった位牌がない!」。お染が部屋に入ってみると、金造がいない。布団をめくると、中から白木の位牌が!

「金造が化けて出たんだ。そのあたりを彷徨っている。お染さん、憑り殺されるよ」と親方が言い、黒髪をぷっつり切って回向することを勧める。お染が言う通りに頭を丸めて尼さんになると、「金造、出て来い!」。生きた金造が登場して、お染への仕返し成功!本来のサゲまで聴くと、身勝手なお染をやりこめることが出来て、スッキリする。愉しい高座だった。

夜は清澄白河に移動して、古今亭文菊独演会に行きました。「鮑のし」「夢金」「藪入り」の三席。開口一番は古今亭松ぼっくりさんで「狸札」だった。

「藪入り」。師匠圓菊は理不尽なことばかり言って、今では通用しない古い考え方の持ち主だった、苦労して初めて古典落語の空気が身に付くんだと言っていたと。学問をした立派な人より、何にも知らない苦労した人。そう振って、本題へ入った。

奉公に出した亀吉と3年ぶりに会える父親の熊さんの興奮がよく伝わる。あったかいおまんまだぞ。納豆に辛子を入れて食うのが好きだった。刺身は中トロを魚勝に頼め。鰻は中串を二人前。天婦羅は揚げたてがいいいからなあ、店に連れていくか。寿司もいいなあ。帰ってきたら、大福ときんつばと汁粉だ。奉公は宛てがい扶持なんだ、好きなものは食えない、好きなものを知っているのは親だけなんだ。子への愛情が眩しい。

湯に行って、浅草の観音様をお参りしよう。ついでに品川の海を見せよう。羽田の穴森稲荷に行こう。そこから川崎大師、鎌倉の大仏様も見せたいなあ。名古屋で金の鯱っほこ、京大坂廻って、讃岐の金毘羅様お参りして、九州の桜島まで行こう!とても一日では回れない行程を無邪気に口にする親父が愛おしい。

午前5時を回って、起き上がった熊さんはやり慣れない玄関先の掃除をして、亀吉が来るのを待っている。「遅いな。何かあったんじゃないか。あそこの番頭、目つきが悪かった。意地悪して用を言いつけているんじゃないか。あと1時間して来なかったら、殴り込んで、張り倒してやる!」。3年ぶりの再会への期待が高まりすぎて、興奮する親父は憎めない。

亀吉、到着。「長らくご無沙汰しています。お父様、お母様におかれましては、お変りもなく、何よりでございます」。一方の熊さんは舌が突っ張らかって、喋れない。で、「ご丁重なご挨拶をありがとうございます」。顔を上げることができない熊さんは「大きくなったろうな」。女房に「見たらいいじゃないか」と言われ、「勝負!」と顔を上げるのが微笑ましい。

お店の旦那からの戴き物を亀吉が渡した後、「奉公というのはありがたい。商売のイロハを教えてくれる上に、こうやって気を遣ってくれる」。そして、亀吉が「お小遣いの中から買いました。お口に合うか分からないけど、召し上がってください」と菓子を渡す。もう親父は大感激だ。「神棚に上げな。そして、長屋中に息子の御供物ですと言って配れ」。嬉しくてしょうがない父親の姿が見えるようだ。

亀吉が湯に行っている間に発見したガマグチの中の5円札三枚。「初めての藪入りにしては多くないか?」。母親として心配する気持ちもよく判る。「あの子は良い子だけど、周りに悪い子がいて、唆されて店のお金に手を出したとか…」。親父も「俺の子だ!そんなこと、やるわけないだろう!」と言っていたが、段々と自信がなくなってきて「やったんだ。あの野郎!そうに違いない。目つきが良くなかった」。なんでも思い込んでしまう一本気なところが、熊さんの良いところでもあり、悪いところでもある。

湯から帰った亀吉に「お前、やったろ?やったな?」と詰め寄る親父。亀吉も思わず「他人のガマグチをのぞくなんて、やることが野卑でいけない。だから貧乏は嫌だ」と口走ってしまう。「盗ったんじゃねえや!鼠の懸賞で当たったんだ!…お父っつぁんに渡すとロクなことがないから、後でこっそりおっかさんに渡そうと思っていたんだ」。

親子三人の間に流れる安堵感。息子が3年間辛抱して、奉公して成長した姿は逞しく思えたに違いない。熊さんじゃないけど「奉公はありがたい」。親子の情愛に胸が熱くなった。