田辺いちかの会「維納の辻音楽師」、そして談吉イリュージョン
田辺いちかの会に行きました。「長短槍試合」「維納の辻音楽師」「名医と名優」の三席。開口一番は神田おりびあさんで「甲越軍記 和談破れ」だった。
「維納の辻音楽師」。維納と書いて、ウィーンと読む。舞台は19世紀のウィーン。60歳は超えているであろう、足が不自由なエベルト爺さんは愛犬のトライエルを連れて、大道芸人というのだろうか、路上でバイオリンを弾いて、帽子の中に投げ銭を貰って生計を立てている流しの辻音楽師だ。バイオリンはボロボロだし、爺さんの演奏はお世辞にも上手いとは言えないから、もう6日も宿賃を滞納して、宿の親方から催促の矢が飛んでいるという始末だ。
物語はそんな爺さんとある著名な音楽家の心温まる出会いが芯となっている。ウィーンが1年に一度の祭りで、賑わっている街角で稼ごうとするが、同様の大道芸人から押し出され、城壁の隅っこでバイオリンを弾いていた。「邪魔だ!」と道行く人に押されて、バイオリンを落としてしまう。それを拾い上げてくれたのは40半ばの紳士。彼は帽子の中に、1グルテンの銀貨を入れてくれた。相場は1クロイトだから、法外に高い投げ銭だ。驚くエベルト爺さん。
すると、その紳士は「私にそのバイオリンを弾かせてください」と言う。バイオリンを渡すと、調律し、美しい音色を奏で、その音色は周囲に響きわたる。そして、沢山の人だかりができた。そして、爺さんの帽子の中には沢山の投げ銭が放り込まれた。今まで誰一人足を止めてくれなかったのが嘘のようだ。
その紳士は最後に「きょうのお祭りに相応しい曲を弾きましょう」と言って、オーストリア国家を奏で、周囲の人々皆が声を合わせて歌い、その歌声はウィーン中に響きわたった。そして、紳士は消えていった。
エベルト爺さんは帽子の中の投げ銭で溜まった宿賃を払うことができた。「なんだったろう?御礼も言えなかった。天使様か?」。帽子の内側をよく見ると革の手袋が入っていた。これが手掛かりになる。爺さんは愛犬トライエルに匂いを嗅がせ、あの紳士の居場所を探した。
そして辿り着いたのが、歌劇大劇場前にあるローランドホテル。上流階級が泊まるホテルだ。止めるドアマンを制して、エベルト爺さんはホテルの前でバイオリンを弾いた。やがて、最上階の窓から男が顔を出した。あの心優しい紳士だ!
エベルト爺さんは紳士に礼を言おうとすると、逆にその紳士が「あなたは実に偉い人だ」と言う。バイオリンを実に嬉しそうに、楽しそうに、懸命に弾いている姿を見て、頭を金槌でガンと叩かれたような気がしたという。「音楽家は良い楽器を求める。だが、それだけじゃいけない」と。紳士は「是非、聴いていただきたい」と、歌劇大劇場のコンサートのチケットをエベルト爺さんに渡した。
劇場に入った爺さんだが、客は皆上流階級の人たちばかりで、「住む世界が違う」と気後れしてしまった。すると、あの紳士が最前列の席に誘導してくれた。その紳士こそ、アレクサンドル・ブーシエ。フランス出身の著名な音楽家である。
演奏会が終わると、彼は最前列のエベルト爺さんを観客に紹介した。「このエベルトさんが本当の意味での音楽の素晴らしさ、楽しさを教えてくれました。そして、愛犬のトライエル君です。私はかつてナポレオンに仕えていました。そんな私に欧州ツアーをする資格があるのか?しかし、音楽に罪はない、国境はないと判りました。これもエベルトさんのお陰です」。そう言って、アンコール曲として、オーストリア国家を演奏し、感動して立ち上がった観客とともに合唱したという。ネタ卸しとは思えない、素敵な読み物だった。
配信で渋谷らくご「談吉イリュージョン」を観ました。まず立川吉笑さんが上がって「乙の中の甲」を演じ、その後に立川談吉さんが「小さな幸せ」と「何でもない日」を演じた。
「小さな幸せ」。アロマでは物足りなくて、狼煙をあげるようになったフジタさんも可笑しいが、ご近所のカネコさんが10年行きつけの美容院に行って、まるごとバナナの写真を見せて、「こんな感じでお願いします」とカットしてもらったというのがすごい。お願いするカネコさんもカネコさんだが、そのお願いにさりげなく応じる担当美容師さんはすごい。
「何でもない日」。もう、談吉さんしか表現できない唯一無二の世界観だ。冬将軍が来なくなって、冬パラディンが来て寒くなった。それはフランスからの外来種で、喩えて言うなら、アメリカザリガニに押されてニホンザリガニが消えていくようなものという…。
羽毛を布に包まないでそのまま使うとか、テレビのリモコンをテーブルに埋め込んでしまうとか、バイソンが逃走している影響で西武線が全線運休になるとか、ローマ帝国への道順を訊く人とか…。これが“日常”としてしまう発想のユニークさが談吉さんの身上だ。
オットセイの睾丸はすごい。スタバでブレンドコーヒーを注文すると、「睾丸いれますか?」と訊かれ、流行っているのかなあと思ったら、奥さんが今晩のカレーの隠し味にオットセイの睾丸を入れたと知って、その流行を確信する。談吉ワールド、万歳!