NHK新人落語大賞に想う

NHK総合で「令和5年度 NHK新人落語大賞」を観ました。

僕はあまり、落語家さんたちが競うコンクールが好きではない。落語に限らず、芸というものは点数をつけて優劣を決めるものではないと思うからだ。結局のところ、受け取る側は主観的に観るのであって、そこに客観性を持たせる必要などないと考える。簡単に言えば、“好み”の問題なのだ。

実際、今回の番組で司会を務めた桂吉弥師匠は、「(このコンクールの)本選に4回出場したが、1回も優勝できなかった」と冒頭で述べていたし、この手のコンクールには全く縁のなかった人が人気落語家として活躍している例も沢山知っている。その逆だってある。「いかに大衆に支持されるか」は大事だが、それがコンクールの点数に出てこない場合も多いということだ。競うのが嫌いで最初からエントリーなどしない落語家さんだって多くいる。

だが、こういうコンクールで優勝して、自分の励みや活躍の糸口にしたいという出場者の気持ちも理解できる。このNHK新人落語大賞に限って言えば、去年は立川吉笑さんが優勝して、今年の「真打計画」の弾みになったことは確かだし、一昨年優勝した桂二葉さんは、これがステップとなって全国区の人気者となり、今やあちこちの落語会で引っ張り凧だ。

功罪あることは百も承知で、なるべく“客観的”に今回のNHK新人落語大賞を観てみた。出番順と演目、そして( )内は5人の審査員の合計点数(一人10点満点)

春風亭一花「四段目」(43)/柳家吉緑「置泥」(44)/春風亭昇羊「紙入れ」(46)/桂慶治朗「いらち俥」(49)/桂三実「あの人どこ行くの?」(45)

優勝した慶治朗さんは、従来の「いらち俥」(東京の「反対俥」)を11分という持ち時間の中で上手に構成、演出した高座が光っていた。一人目ののんびりしている老俥夫にほとんどの時間を費やし、スピードの速い韋駄天の俥夫を対比のために少しだけ登場させ、最後は再び老俥夫が現われてオチをつける。

老俥夫のみで成立させる春風亭一之輔師匠の「反対俥」と構成は似ているが、「梅田のステンショ」など古き上方落語の味わいを若干残しながら、「いらち俥」の“いらち”は乗った客の方だったのか!と聴き手に思わせるところなど、上手いなあと感じさせた。おめでとうございます!

点数的に見れば慶治朗さんの圧勝と思うかもしれないが、そうではなかった。春風亭昇羊さんと桂三実さんのどちらが優勝してもおかしくない高座だった。

昇羊さんの「紙入れ」は全体的に女性であるおかみさんの色気の描き方が秀逸だった。新吉を誘惑するときの、自分の眉毛を「帰る」「帰らない」と1本、また1本と抜き、「眉毛占い」とするところのユーモア。「私みたいなお多福なんか飽きちゃったんでしょう?」と訊いて、「旦那に申し訳ないから」と否定する新吉に対し、「あら、お多福は否定しないんだ?」とねっとり言うところなど抜群の演技力だ。

すごかったのは、翌日に旦那のところに行って新吉が事情を話すと、旦那が「見られたのか?」と疑問を投げたのに対し、新吉は旦那をジーッと無言で見つめた上で、「見られていないようです」としたところ。普通、「見ましたか?」とすぐに返す演者が多いが、30秒強の間を取った新機軸の演出に膝を打った。このコンクールという場で、30秒強の間を持たせる勇気に感心した。

マクラで昔昔亭桃太郎師匠に「お前、もてるんだろう?…毛ガニ、貰ったのか?」と訊かれ、毛ガニ?と思ったら「手紙の聞き違いだった」というエピソードが、実は新吉がおかみさんから貰った手紙に繋がっている!というのも巧い。また、最終盤で、おかみさんが「私はその紙入れをちゃんと預かっていると思うよ」と言いながら、懐から紙入れをチラつかせる演出も見事で、随所に工夫が見られる素晴らしい出来の「紙入れ」だと思った。

三実さんの「あの人どこ行くの?」は、9歳の同級生の男女が電車の乗客の見た目から、「どこへ行くのか」を推理するという新作落語。これが大阪の細かい地名などの固有名詞が沢山出てくるマニアックな作りになっていて、爆笑が続く。

阪神タイガースのユニフォームを着ているが、あの人は二軍の選手だから甲子園ではなく、二軍の球場のあるナルオハマへ行くとか。メイクとファッションが78点のお姉さんは、ナカザキ町でパスタ食べて、照明の暗い喫茶店でお茶して、その後に60分コースのヘッドスパに行くとか。30代の女性3人組は持っているバッグから想像して、宝塚劇場ではなくて梅田芸術劇場に宝塚歌劇を観に行くと見せかけて、地下のシアタードラマシティで東京03の単独ライブを観に行く、いやオリックス劇場の純烈のライブや!とか…。

僕のような東京の人間にはチンプンカンプンでも、そのマニアックさというか、ディテールの細かさが可笑しくて、思わず笑ってしまう愉しさがあって、コントとしても成立するような創作能力の高さは、優勝してもおかしくないと思った。

今回、慶治朗さんが抜きん出たのは、審査員の金原亭馬生師匠の点数の付け方にあった。慶治朗さんには他の4人の審査員が10点、馬生師匠は9点だったのに対し、昇羊さんと三実さんには他の審査員が10点もしくは9点をつけたのに、馬生師匠は他の3人の演者よりも低い7点という辛い点数をつけたのだ。

馬生師匠の昇羊さんへのコメントは「若手のうちは不倫の噺、色っぽい噺は演らない方がいい」。昇羊さんは32歳、既に妻帯者、立派な大人である。落研の学生に対する物言いなら兎も角、戦時中の禁演落語ではないのだから、これを封じるのはいかがなものか。

また、三実さんへのコメントは「全国放送なので、関西ローカルのネタは避けた方がいい」。大阪人しか知らない固有名詞を出すことが逆に面白いということが判らないのだろうか。柳家喬太郎師匠のウルトラマン落語や、古今亭駒治師匠の「鉄道戦国絵巻」など、詳しい知識はなくても面白い落語が山ほどある。落語という文化の多様性を否定することにならないか。

僕があまりコンクールが好きではないと書いておきながら、ムキになっていること自体が野暮の極みなのは判っている。だが、テレビというメディアが未だにある程度の影響力を持っている現在、落語の魅力を幅広い人たちに知ってもらうためにも、もっと視野の広い見識を持ってもらいたいと願うのは間違いだろうか。