春風亭一之輔独演会 「文七元結」

三鷹市公会堂の「春風亭一之輔独演会」に行きました。「河豚鍋」「加賀の千代」「文七元結」の三席。開口一番は弟子の与いちさんで「のっぺらぼう」、食いつきは弁財亭和泉師匠で「匿名主婦只野人子」だった。

和泉師匠の新作、本当に良く出来ていて、面白い。そして、鋭い。リンネルが提唱する「丁寧な暮らし」に対するアイロニー溢れる只野さんの価値観が素晴らしい。ずぼらの何がいけないんだ、一般常識や固定概念に囚われる必要はない、自分の生きたいように生きればいいのだという…。

行列のできるラーメン屋に並んだとき、何を食べるか?折角だからと人気メニューを選びがちだが、そこでもう一歩踏み込んで本当に自分の食べたいものを探す冒険をしてみよう。定番の醤油ラーメンではなく、味噌ラーメンにチャレンジするように、自分の暮らしは自分自身の価値観で決めればいい。

一之輔師匠の一席目。出囃子を山崎まさよしの♬セロリに急遽変えて出てきたセンスに脱帽。きょうは歌を歌うより、喋りたい気分だと言って2時間半のコンサートで8曲しか歌わず、お客さんが途中で沢山帰ってしまった水戸での出来事がSNSで炎上した件。「談志ひとり会」になかなか談志師匠が登場せず、挙句に最後まで出てこなかったこともあって、それでもファンは「良い経験をした」と喜んだというエピソードを引き合いに出していた。

まあ、演芸と音楽を同じ土俵に上げるのは無理があるけれど、小三治師匠も独演会で延々とマクラを喋り続けて、落語に入らず、中入り休憩になったこともあったっけ。そのときに、客席から「落語演ってぇー!」という叫び声をあげた女性がいて、そのとき僕は「何て野暮な人なんだ」と思った経験もあるので、単純に今回の山崎まさよしを批判することはできないとも思ったりして。

そして「河豚鍋」本編。河豚の毒が恐い云々というより、鍋の具を食べてしまった後の雑炊が楽しみと言って、その調理法を事細かに喋る一之輔師匠が愉しかった。葱ではなくて刻んだ万能ねぎをパラパラ、刻み海苔は市販の機械でカットしたものは駄目で焼き海苔を手でクシャクシャする、卵でとじるタイミングと分量、器に残ったポン酢と出汁の絶妙な混ざり方…、このこだわりを熱く語るのがとても良い。

「加賀の千代」。甚兵衛さんの可愛いキャラクターに尽きる。「俺は世帯主だぞ!」と隠居を訪ねるところ、女房から教わった“金を借りるコツ”を楽屋話含めて全部喋っちゃうところ、もう隠居はその甚兵衛さんが愛おしくてしょうがない様子がよく伝わってくる。

「文七元結」。佐野槌の女将の長兵衛に対する説教がまず良い。お久ちゃんは血の繋がっている母親ではないが、ぶたれたり蹴られたりする母親を見るのがしのびない、お父さんを酒や博奕から立ち直らせたいので、私を買って、女将さんから意見してください。吉原には嫌々来る娘ばかりなのに、この娘は自分から足を運んで「買ってください」と言ったんだ。しっかりおし!真面目に働いて、良い壁を塗っておくれ。

そして、吾妻橋での長兵衛が身投げしようとする文七を説得するところも心に響く。お前は一人で産まれてきたと思ったら大間違いだ。両親はどちらも死んでいるかもしれないが、どこからか上から見ているかもしれない。それを50両盗まれたからと言って死ぬなんて、そんなことができるのか?それでも本当に死ぬのか?

濡れ鼠同然の自分をここまで育ててくれた旦那に迷惑を掛けられないと言って、いくら説得しても意思の堅い文七を見て、長兵衛は諦めた。「散々悪いことをしてきた報いか。お天道様は見ているんだな。授からない金だった…50両、お前にやる!」。「俺だってやりたくないよ。だけど、お前は50両がないと死ぬというから。お久は死にはしない。悪くて病にかかるくらいだ。不動様でも金毘羅様でもいい、お前の贔屓の神様に願掛けしてやってくれ。いいから持っていけ!死ぬな!バカァ~ッ!」。

江戸っ子の心意気というものを、佐野槌の女将と長兵衛の二人に見ることができた。「文七元結」の魅力はここにあるのだと思う。