白酒むふふ、そして三遊亭兼好「生きている小平次」

「白酒むふふ~桃月庵白酒独演会」に行きました。「花筏」と「青菜」の二席。ゲストの寒空はだか先生は今月1日から落語協会の準会員になったが、柳亭市馬門下に入ったそうだ。

「花筏」。親方に頼まれて、病気の大関花筏の代役として銚子の巡業7日間興行に行くことになった提灯屋の徳さん。相撲は取らずに、ただ土俵の下にいて相撲を見ていればいいという条件だったが…。

調子に乗って一日に米3升を食べ、酒5升を飲み、その上で女中に夜這いに行くというはしゃぎぶりを勧進元に指摘され、千秋楽に地元の強豪・千鳥ヶ浜との対戦を組まれパニックになる様子が愉しい。結びの一番の呼び出しの声、さすが白酒師匠の美声が響き、うっとりした。

「青菜」。屋敷の奥様の隠し言葉に、「裏側から牛一頭吞み込んだハルクホーガンが来た」。逃げましょう!と言う植木屋が可笑しい。三つ指を付く形に、“最上級の物貰い”という表現が何とも植木屋らしい。「うちだったら、菜っ葉なんか食っちゃってないよ!」というのも笑える。

帰宅して、お屋敷暮らしに憧れを持つ植木屋だが、一方で「鯉の洗いなんか、美味くもなんともない。酢味噌の味しかしない。あんなもので喜んで」と本音が出るのも良い。寧ろ、やる気なのが女房の方で、この隠し言葉を人前でやると「人を顎で使えるかもしれない」と率先して、次の間ならぬ押し入れに入っていくのも愉快だ。大工の八五郎の前に「旦那様!」と現れたときの、汗だくになりながらも満面の笑みなのが印象的だ。

配信で「代官山落語夜咄 三遊亭兼好」で「生きている小平次」を観ました。先代正蔵の音源を聴いたことはあるが、映像とともにこの噺を聴くのは初めてだ。兼好師匠以外に「演る人はいないんじゃないか」とおっしゃっていた。これが素晴らしかった。幽霊は出てこないが、人間の怖さが実によく表現された怪談である。

奥州の安積沼で釣り船に乗った役者の小幡小平次と囃子方の那古太九郎。太九郎の妻おちかと不義を働いた小平次が、自分におちかを譲ってくれないかと頼む。勿論、そんな話は断る太九郎だが、「俺は死んでもおちかと一緒になる」と執拗に迫る小平次の気味が悪く、「やれるものならやってみろ」と小平次を沼に突き落とす。

舟の縁に這い上がってきた小平次の左手が掛かると、その左手の指を一本一本斬り落として、二度と沼底から浮き上がってくることのないように太九郎は指のない左手を再び突き落とした。もうこれで小平次は生きて還れないはずだ。

次の場面、江戸のおちかと太九郎の家に小平次が何と訪ねてくる。ぐっしょりと濡れた体の小平次は「太九郎は戻ってこないよ。俺が殺して安積沼に沈めたから」と言う。そして、殺人を犯した俺は捕まったら磔だ、おちか一緒に逃げてくれ、たとえ一カ月でもいい、一緒に俺といてくれと頼む。

そのすぐ後に太九郎が帰ってくる。「小平次を殺して、安積沼に沈めた」と小平次と同じ様なことを言う。おちかは夫の太九郎と間男の小平次の二人を前にして混乱する。だが、小平次が「おちかを譲ってくれ」と強硬なため、太九郎は仕方なく「譲ってやる」と言う。小平次がおちかの手を握るが、小平次の左手には指がない。そして、脳天から鼻の先までパックリと割れている。

おちかは気味悪いから、太九郎に「ぶち殺してくれ」と頼む。太九郎は小平次の喉を突き、トドメを刺した。かすかに小平次の口から「約束が違うじゃないか」という声が聞こえた。

太九郎とおちかは三崎の寺に逃げ込む。おちかが小平次と逢引きしていた場所だ。「友達を殺しちまった」「お前さんは悪くないよ」。二人は着物を脱ぎ、体を重ね合う。

三か月が経った。木更津の浜。太九郎とおちかは逃げている。死んだはずの小平次から逃げている。「私たちはどこまで逃げればいいの、いつまで逃げればいいの」「あいつは死なない。生きている。お前と一緒になるまで、何遍も、何十遍も、何百遍も、殺されても生きている」。死んでいるはずの小平次に二人はいつまでも怯えている。

風の音が聞こえる。波の音が聞こえる。浜を旅人が歩いてくる。切り株に腰掛けて煙草を吸うその男の左手の指はない。座ったところはぐっしょりと濡れている。男はニッコリ笑って、二人の後を急ぐともなく追いかけている。

兼好師匠の巧みな話術で、陰惨かつ恐怖の世界が一つの文学作品のように感じる素晴らしい高座だった。