19時40分の残酷~オモ(重)クラ(暗)い喬太郎~「重陽」
鈴本演芸場7月上席四日目夜の部に行きました。「19時40分の残酷~オモ(重)クラ(暗)い喬太郎~」、きょうは昨日の「雉子政談」に続き小泉八雲原作の「重陽」だ。初めて聴いたけれども、喬太郎師匠が構築する独特の世界に、きょうもまた引き込まれた。
「浮世根問」柳亭左ん坊/「夏泥」柳家吉緑/奇術 アサダ二世/「馬の田楽」柳家小平太/「珍宝軒」林家きく麿/漫才 ニックス/「千両みかん」柳家さん喬/「野ざらし」古今亭菊之丞/中入り/ものまね 江戸家猫八/「悋気の独楽」入船亭扇橋/紙切り 林家二楽/「重陽」(小泉八雲原作)柳家喬太郎
吉緑さん、おかずっ食いの家の主。情けをかけてあげる泥棒先生が優しい。アサダ先生、いらっしゃ~い。紐芸、嘘結び。1と13が裏表になるトランプ。小平太師匠、長閑な田舎の風景と人々が浮かぶ。
きく麿師匠、角煮饅頭が食べたい。芋焼酎の村尾も気になる。ニックス先生、DVはデブの略だそう。さん喬師匠、若旦那が紀州の出店で出会ったのは、みかん。菊之丞師匠、コツは釣れるかよぉ~。サイサイ節の喉が良い。その口が憎らしい、と一人気違いも愉しい。
猫八先生、ウグイスとホルモンバランス。三本締めのチワワ。アカツクシガモとアルパカの違い。扇橋師匠、妾は男の甲斐性だった時代。二楽師匠、鋏試しは芸者さん。注文で、七夕祭り、朝顔市。
喬太郎師匠はきょうも客席全体がシーンと聴き入る高座。丈部左門と義理の兄の赤穴宗右衛門の絆の深さに心が震える。左門の姉、つまりは宗右衛門の妻が身罷った後も、母親の面倒を含め、心の交流が続いているのが素敵だ。
宗右衛門が生まれ故郷の出雲、住まいを持つ播磨からは百里離れた土地に一旦帰るが、半年後の重陽の節句には必ず左門と母の許に帰ってくると堅く誓った約束。それを信じて、菊の花を供え、酒肴の支度をして左門は待っていたが…。
確かに宗右衛門は帰ってきた。だが、それは宗右衛門の霊だった。出雲で幽閉されていた宗右衛門は義弟との約束を果たすために、腹を召して魂になって播磨の地にやってきたのだ。何と義理堅い兄であることよ。
出雲では逆賊が先君を亡き者にし、城を強奪し、新しい領主に収まった。先君の家臣だった者は皆、この新しい領主に従った。宗右衛門の親類である赤穴丹治もそうであった。「人の心は変わるものなのか」、宗右衛門の嘆きが聞こえるようだ。
新しい領主の家臣になることを拒んだ宗右衛門は牢に入れられた。重陽の節句には左門の許へ戻るという約束を果たさなければいけない。宗右衛門の「悪は悪」として決して交わらないという意志の堅さに感服する。だが、左門との約束を守るために自分の腹を召すとは。余程覚悟の出来た武士であったのだと思う。
そして、その覚悟を知った左門も武士だった。出雲に急行し、赤穴丹治を斬り殺し、縛られて領主の前に引きずり出されても、決してなびくことなく、宗右衛門の覚悟を讃えた。領主もこんな左門を殺しても何の得にもならぬと悟ったのだろう、播磨に帰って母と暮らせと言い渡す。
寧ろ、領主は「こんな頑固な奴が家臣に一人いても面白いかもしれない」と言う。左門は勿論、これを受けないだろうが。この後、左門がどのような行動を取ったのか、想像をめぐらせる、そんな余韻を持たせた噺の終わり方だった。