しゃべっちゃいなよ、そして一之輔の珍しきはご馳走なり

配信で「渋谷らくご しゃべっちゃいなよ」を観ました。若手二ツ目4人が新作落語をネタ卸しする姿にワクワクする。皆さん、それぞれの個性でそれぞれの作風でそれぞれの味わいのある作品が誕生する瞬間に立ち会えるのは本当に幸せなことだ。そして、今回のゲスト枠は柳家小ゑん師匠。擬人化落語の金字塔と言っても過言ではない「ぐつぐつ」を西小山駅前の情景描写からたっぷりとフルバージョンで楽しめ、最高の一席だった。

「雨男雨女」立川志ら鈴/「ウラムラサキ」(樋口一葉作)春風亭昇羊/「インタビューウィズマーメイド」柳家花ごめ/「机のラケットおかれたい」桂伸べえ/「ぐつぐつ」柳家小ゑん

志ら鈴さん、雨合羽を羽織を頭から被って表現するのが斬新!雨男が用意した「NASA開発のエンデバージャケット」、つまりはレインコートというか、雨合羽を彼女の雨女と二人で着用し、初めてのペアルックというのも可笑しい。デートはいつも雨になる罪をお互いになすりつけあい、前世はカタツムリだ!お前こそ前世はカエルだ!と言い合うけど、なんだかとても楽しそう…。そして、サゲも秀逸。

昇羊さん、テーマは不倫。亭主に「姉が義理の娘のことで悩んでいる手紙を貰った」と嘘をつき、あの男と逢引きに行く女房。亭主の優しさに甘えるのはこれ限りにしなくては、と思う良心を持ちながら、ドキドキ、キュンキュン、ワクワクしたくないのかと唆す悪魔のようなもう一人の自分がいる。そして、揺れ動いた末に女房は命ある限りあの方を愛したいと…。原作を読んでみたいと思った。

花ごめさん、固定概念に囚われることへの警鐘をユーモラスに描く。人間がイメージしている人魚への誤解を解きたいとインタビュー取材に応じた、人魚のアリタサチコ、35歳、税理士。童話に出てくるようなファンタジーで神秘的なものではなく、普通に海の中で社会生活を営んでいる、寧ろ人間に近いと訴えるが。だけど、下半身はほぼ鮭、食物連鎖の中で生きているというのも笑った。そして、人魚の肉を食べると不老不死になるというのもデマで、迷惑と怒るのも可笑しい。

伸べえさん、アフターファイブへの憧れから創作とか。浄水器販売会社の営業マン、ヤマダくんが帰社すると机の上に置いてあったテニスラケット。部長によればそのラケットは毎週金曜日にテニススクールに通うアオヤマさんのもので、それは「お誘いのメッセージ」だという…。部長がネットの向こう側に立っているアオヤマさんとテニスの試合をするんだと妄想し、一人芝居を始めるのがちょっと気持ち悪くて面白い。

渋谷伝承ホールで「一之輔の珍しきはご馳走なり 其の壱」を観ました。寄席などで滅多にかからない珍品落語を聴こうという試み。ゲストに柳家小満ん師匠をお迎えしての第1回。小満ん師匠の最初の師匠、黒門町の八代目桂文楽いわく、珍しい噺はつまらないか、むずかしいか、もしくはその両方だと。なるほど。

対談 一之輔×小満ん/「めがね泥」春風亭一之輔/「月宮殿」柳家小満ん/中入り/「泳ぎの医者」春風亭一之輔

「めがね泥」は落語協会では一之輔師匠しか演らないネタとか。これは凄く面白い!おそらく師匠の工夫による部分は大きいと思うが、将門めがね、虫めがね、遠めがねを使って、めがね屋の留守番をしている定吉が泥棒に仕掛ける悪戯心が実に痛快。塀の穴から泥棒が覗いた映像を聴き手がイメージしやすいように、わかりやすく聴かせる技術の高さを感じた。

「月宮殿」は鰻という魚の生態の不思議が昔から庶民の中にあって、その神秘的な存在がこの噺を形成したのだと思う。根津七軒町の箱屋の徳さんが不忍池で穴釣りして捕獲した鰻に引っ張られて昇天し、月まで導かれ、雷の五郎蔵夫婦にもてなしを受ける様子を軽妙洒脱に描いて、興味深かった。

「泳ぎの医者」は2014年3月に「百花園探検部」という掘り起こしをテーマにした落語会で一之輔師匠が挑戦し、その月にもう一度(蔵出し一之輔@東京大神宮)掛けたきり演じていない。9年ぶりだから、「ほぼネタ卸しに近い」と師匠は言っていて、昔のノートを繰りながら稽古していたら、息子さんがその落語知っている!と言ったそうだ。医療系の漫画「フラジャイル 病理医岸京一郎の所見」に出てくるそうだ。ヘェー!

藪医者が儲からないので、使用人の権助の田舎である無医村に住まい、「名医」と謳って稼ごうとするが…。悪いことはできないもので、庄屋の一人娘が熱にうなされているのを診察し、いい加減な薬を処方して死なせてしまった。父親は怒り心頭で、村人大勢でこの藪医者を川の中に放り込んで、竿でつついて水責めにする。医者は川に流され、無数の鮭やヒグマや滝や巨大鰻や大入道に襲われて…。

こんな大変な目に遭っても、懲りない藪医者!と思わせるサゲで終わり、なるほどこれは誰も演らないわけだと納得した。だけど、医者が川に放り込まれて様々な酷い目に次々と遭うところを一之輔師匠の話術によって聴かせるのは流石、腕があると思った。