巣ごもり寄席、そしてまるごと白酒
「すがも 巣ごもり寄席」に行きました。毎週水曜日に開催されている、巣立ちのときを待っている若手芸人の会。きょうの三人は皆さん、熱演だった。
昔昔亭昇「新聞記事」。マクラでドビュッシー作曲の「月の光」が好きで良く聴いている、この曲はおそらくこんなイメージで作られたのではないか、とファンタジーが大好きな昇さんらしく熱く語る。だが、調べてみたら、実は“人間不信”がテーマの曲だったことが判り、ガッカリしたそう。
本編、「入った家が天婦羅屋だった」と言いたい八五郎の鼻息が面白い。なのに、隠居に教えられた言葉がことごとく出ない、この噺の笑い所をテンポ良く運び、気持ちが良い。「体をかわした」の「タイ」が出ずに、「結婚式で出るご馳走」と言って、「子豚をバナナの葉で包んで蒸した料理!」とするところ、特に笑った。
神田松麻呂「壺坂霊験記」。洪水で流されそうになっていた娘・お里を、新六(のちの沢市)が助けてあげたのが縁で、二人は夫婦になったという馴れ初めから。歌舞伎などでは、その発端は演じないから、とても新鮮だった。
盲目なってしまった沢市を命の恩人と思い、壺坂の観音様に毎晩、沢市が寝静まってからお参りに行っていたお里の健気さ。一旦は他に男ができたのではと勘違いした沢市が、女房の存在を有難く思うが、自分が盲目なので苦労をかけて済まないと身投げをする気遣いにも感涙する。まさに、妻は夫を労わりつ、夫は妻を慕いつつ。ハッピーエンドで嬉しくなる読み物をドラマチックに読む松麻呂さん、とても良かった。
林家きよ彦「令和が島にやってきた」。限界集落がテーマだが、明るくカラッとした仕上がりにしているのが良い。時代の流れに追いつかないので、令和になるのを特例で止めてもらっている村が舞台という発想がユニークで面白い。
だが、村長いわく、とうとう「この村も令和を受け入れなくてはいけなくなった」、来週に東京から視察団がやって来るという。村民たちは慌てて、令和についてそれぞれ調べることに。電話がボタンのないガラスの板に変わっています!キャッシュレスは現金がないということですか?子どもたちは“ゆとり世代”が増えるみたいですが、それも悪いことになっています!消費税は5%から10%と倍になります!買い物はアマゾンに行かなくてはいけないそうです!顔認証は、人口が少ないから既に出来ている!というのも可笑しかった。
夜は日本橋に移動して、「まるごと白酒~桃月庵白酒独演会」に行きました。「短命」「犬の災難」「井戸の茶碗」の三席。
「短命」は、悔やみを寿限無でやればいいと提案して、やってみせる隠居が愉しい。ゴニョゴニョ言って、最後に泣き崩れればいいと。なぜ短命なのかを説明するのに、察しの悪い八五郎に対し、「おまんまを食っている場合じゃない!」とキレそうになるのも可笑しい。
「犬の災難」は久しぶりに聴いた。鶏肉を預かった主人公の方が、兄貴分が買ってきた五合の酒を、どんどん飲んじゃうのが面白い。あいつの分を取っておこうとか、一升瓶から徳利に移すのを失敗して溢しちゃうのとか、そういう「猫の災難」のような救いが一切ない。
ただ無性の酒好きだから、どんどん調子に乗って飲んじゃって、「さあ、どうしよう」となるのが、憎めないというか、可愛い。三杯目くらいで、耳元で女の子に囁かれるのが堪らないと妄想が入るのも良いなあ。外は雨 酔いも回って もうこれからは あなたの度胸を待つばかり!
「井戸の茶碗」、前座時代に雲助師匠に「嘘はつくな」と教えられたが、正直にも程が肝心、と言ってこの噺へ。
白酒師匠のこの噺は、最後に千代田卜斎の娘・絹と高木作左衛門がお互いに一目惚れしていて、惚れ合って一緒になるというのが、とても良い。仏像や茶碗というのは物だから金に換えられるが、嫁を娶るというのは金でどうこうというものではない。支度金として受け取るというのはありだと思うが、まずは両者の気持ちが肝心だ。そこを大切にしている白酒師匠の配慮が素敵だ。
仏像の台座の紙が破けて出てきた50両を、千代田氏20両、高木氏20両、屑屋清兵衛10両で分けるのは大家の名案だが、それでも受け取らない頑固な千代田氏に「百両のかたに編笠一蓋」と言って、カタとして茶碗を渡すことで承諾した千代田氏だが…。
そのとき、茶碗を高木氏の屋敷に届けたのが娘・絹。そのとき以来、絹は何かと言うと「高木様、高木様」と気になっている様子。尚且つ、高木作左衛門も、中間の良助によれば、何かと「お絹殿、お絹殿」と気になっているという。白酒師匠にしては珍しく、素敵な恋愛物語に仕上げている。あっぱれ!