歌舞伎「大杯觴酒戦強者」、そして鈴本四月中席夜の部(主任 古今亭菊志ん)

明治座で壽祝桜四月大歌舞伎昼の部を観ました。「義経千本桜 鳥居前」「大杯觴酒戦強者」「お祭り」の3本。鳥居前は片岡愛之助が佐藤忠信を演じ、お祭りは中村梅玉が鳶頭梅吉を演じて、それぞれ良かったが、河竹黙阿弥が初世市川左團次の為に書いたという「大杯觴酒戦強者」が平成11年12月の歌舞伎座以来の上演とあって、大変興味深かった。

内藤紀伊守(松本幸四郎)のところに、井伊掃部直孝(中村梅玉)が訪ねてくるので、もてなさなければならないが、直孝は大変な大酒飲みなのに対して、内藤家の面々は皆下戸とあって困ってしまう。そこで、足軽の原才助(中村芝翫)が酒豪と聞いて、急遽直孝の相手役をして、機嫌を取ってほしいという依頼が舞い込んだという設定が面白い。

五合入り、七合五勺入り、一升入りと段々と容量がエスカレートする盃を、直孝に負けず劣らず、才助が気持ち良く飲み干すので、直孝は大層機嫌が良くなり、才助のことが気に入った。

で、直孝が改めて才助の顔をよく見ると、眉間のところに傷がある。これには思い当たる節がある…、才助は実は武田家の旧臣、馬場三郎兵衛ではないか!と見破ったのだ。

三郎兵衛は正直に白状する。父は馬場美濃守で、長篠の合戦で討ち死にした。やがて武田家は滅亡し、自分も流れ流れて豊臣家の家臣になった。そして、大坂夏の陣で、徳川方の直孝と刀を交えて組み合った。そのときに負った傷が眉間に残ったのだ。

直孝の反応が興味深い。今日の再会を祝し、一升入りの酒をもう一度酌み交わそうという。直孝が大杯を勧め、三郎兵衛も返杯する。直孝は上機嫌となり、自分の家臣にしたいと言い出す。

だが、内藤紀伊守にとっても、三郎兵衛は誉れ高き家来だ。譲れない。では、武術の勝負で決着をつけようと、直孝と内藤家の家臣が一戦を交えることになるが、内藤家からは誰も名乗りがあがらない。そこで、三郎兵衛が直孝と武術の勝負をすることになった。そして…三郎兵衛が勝利。

直孝は負けを認め、諦めるかわりに、三郎兵衛は千石以上で召し抱えるように内藤紀伊守に進言する。紀伊守もこれに応え、1500石で取り立てた。そして、馬場家の家名が再び世に出るという喜ばしいこととなった。

この狂言は河竹黙阿弥が初世市川左團次の為に書き下ろした作品だそうだが、初世左團次は明治座の初代太夫元であり、明治座150周年記念に相応しい舞台となった。

続いて、鈴本演芸場で四月中席二日目夜の部を観ました。今席は主任の古今亭菊志ん師匠が「廓噺渾身十選」と題して、10日間廓噺をネタ出ししている興行だ。初日から①二階ぞめき②明烏③文違い④付き馬⑤三枚起請⑥居残り佐平次⑦突き落とし⑧幾代餅⑨お見立て⑩品川心中、という具合だ。ツイッターを見ても、菊志ん師匠が気合いが入っているのがよくわかる。こういう企画性の高いネタ出しをしていけば、寄席も盛り上がると思ったのだが…。

「金明竹」柳家小じか/「元犬」古今亭菊正/奇術 花島世津子/「桃太郎」春風亭百栄/「野ざらし」古今亭志ん輔/漫才 笑組/「蚤のかっぽれ」柳亭こみち/「加賀の千代」古今亭文菊/中入り/ジャグリング ストレート松浦/「鹿政談」三遊亭歌奴/ギター漫談 ぺぺ桜井/「明烏」古今亭菊志ん

開演時、客席には僕を含めて5人しかいなかった。寄席に久しぶりに復帰した世津子先生がトランプのカードを3人に引いてもらうマジックを披露。客席が一致団結した瞬間だ。次に上がった百栄師匠はいつもの自己紹介、「百に栄えると書いてモモエと読みます。残念ながら、山口ではありません。お客様の中にもモモエという名前の方が・・・」と言って、「あっ、女性は1人しかいませんね。お名前は?」「明日香です」「今、橘之助を名乗っている師匠は小円歌の前は、あす歌だったんですよ」。このアットホームな雰囲気もいいもんだ。

こみち師匠は「皆さん、いいお客様だと降りてきた演者全員が申しています。そういうときは、いい噺をします」と言って、珍品「蚤のかっぽれ」を演じた。お囃子の金山はる師匠の三味線に乗って、上半身だけのかっぽれ踊りを披露。拍手喝采である。ちなみに、中入り後には客席もツ離れしていた。

菊志ん師匠、熱演だった。「うぶ」とパソコンで打つと、「初心」と変換されるが、この「明烏」の主人公、時次郎はまさに“ミスターウブ”であろう。父親がもっと世間のことを知ってほしい、本では学べない知識というのがある、と源兵衛と太助に息子を遊びに誘ってほしいと依頼する心配も判るような気がする。

ナリが悪いとご利益が薄い、お賽銭は多い方がいい、お参りではなくお籠りをしてきなさい、と言われた時次郎。中継ぎでのお勘定の方法のこと、二人は町内の札付きだということまで、素直に父親に言われたことを口に出してしまう、これでは世の中を大人になって渡っていくのに困るだろう。

御神木、お巫女頭、これらも全て信じこむ純粋無垢な時次郎が、廊下を歩いている花魁の姿をみたときに、さすがにここはお稲荷様じゃない!吉原というところですね!と気がつく。そのときの台詞、「女郎を買うと、瘡かきます!」を大きな声で言われると、源兵衛も太助も大層慌てたに違いない。空気を読むということは、書物からは学べないからなあ。

「お酒ばかり飲んで、仕事は怠けて、だから日本の景気は良くならない」とか、「触らないでください!汚らわしい!こんなことをして、恥ずかしくないのですか?」とか、ウブ以前の問題として人として言っていいことと悪いことがある、そういう躾をしてこなかった親御さんにも問題があるように思えてならない。

すごいのは、そんなわからず屋の時次郎を黙らせて、一晩で「良いお籠りでした」と言わせる浦里の腕である。吉原という厳しい世界で揉まれてきた浦里には、床の中のテクニックだけではなく、世間知らずの時次郎を説き伏せるしっかりとした了見が備わっていたのではなかろうか。菊志ん師匠の高座を聴きながら、そんなことまで考えてしまった。