日本浪曲協会四月定席千秋楽、そして落語教育委員会
木馬亭で日本浪曲協会四月定席千秋楽を観ました。近所の翁そばは11時45分開店だから、一番乗りしてカレー南蛮そばを注文し、美味しく頂いた後に、木馬亭に入場すれば、何とか12時15分の開演に間に合う。これが一つのルーティンになっている。
「亀甲縞の由来」玉川奈みほ・沢村豊子/「三日の娑婆」東家三可子・伊丹秀敏/「大石東下り」真山隼人・沢村さくら/「稲川次郎吉出世相撲」鳳舞衣子・伊丹秀敏/中入り/「女医吉岡弥生先生伝 さくらさくら」澤雪絵・佐藤貴美江/「岡村七五郎」田辺南北/「夢二の女」澤順子・佐藤貴美江/「円蔵恋慕唄」東家三楽・伊丹秀敏
澤雪絵先生、澤孝子師匠に一本立ちを認められたときの作品。「女は医者は務まらない」という父親に猛反発して、女がどれほど我慢強いかを見せつけ、日本で27人目の女性医師になった、その意志の強さに惹かれる。医師として先輩である父の「医者は神様でもなければ、仏様でもない」と言って、命の儚さと裏表になっている命の大切さを説く件に心を打たれる。医師としての定めというのであろうか。それが東京女子医大創設につながったのだろう。
澤順子先生、画家竹久夢二の成功の支えとなった女性の存在が沁みる。紙問屋の一人娘・彦乃は許婚がいながら、夢二との恋に走る。夢二を“女ったらし”と断ずる父親の反対を何度も押し切って夢二と彦乃は愛し合う。駆け落ち、そして彦乃に結核という病魔が襲ってきても、二人の幸せは揺るがない。その愛の強さがあったからこそ、夢二は画家として新境地を開いたのだと思う。
東家三楽先生、上の二人が女っぷりを描いたのに対し、男の恋心に迫る。国定忠治一家がこれで最後を迎えるというとき、忠治の片腕になった円蔵の身の上が語られるのがドラマチックだ。元は盗賊で大天狗と呼ばれた円蔵は、日光院の金蔵破りをして、今市の宿屋・辰巳屋に世話になり、宿の娘・お蝶と恋仲になった。自分はお尋ね者だと告白すると、辰巳屋主人は娘を連れて逃げてくれと頼むが…。円蔵が再び今市を訪ねると、辰巳屋は全焼し、主人は焼死、お蝶は三味線を持って旅に出ているという。赤城の山で親分子分の別れをした後、円蔵はお蝶と出会うことになるのか?含みを持たせた終わり方に、浪花節の美学がある。
夜は亀有に移動して、落語教育委員会に行きました。恒例のコントは、先日善光寺で盗まれた「びんずる尊者像」が寺に戻ってきたニュースをもじったネタ。信者が治したい患部があれば、その像の同じ部分を撫でると治るという言い伝えがあり、「なで仏」とも呼ばれていることから、像の役である歌武蔵師匠の身体を喬太郎師匠があちこち杓文字で撫でる。こうすると、「若い女性を女房に持てる」「子宝にも恵まれる」と、住職役の兼好師匠が言うのが可笑しかった。
コントびんずる像帰還編/「タテ前さん」三遊亭ごはんつぶ/「莨の火」三遊亭歌武蔵/中入り/「えーっとここは」柳家喬太郎/「お見立て」三遊亭兼好
歌武蔵師匠、演り手がほとんどいない珍しい噺。万八という料亭で、正体不明の身なりのいい老人(実は木場の大金持ちの奈良茂の旦那のお兄さん)が金払いの良い遊びをする様が景気が良くて、聴いていて気持ち良い。万八の使用人、喜助がこの老人の正体を突き止めて、失礼なことをしてしまったと、罪滅ぼしに鰹節で出来た山車(出汁の洒落)を曳いて、老人が機嫌を直すのも愉しい。
喬太郎師匠、SWAネタ卸しを含め、僕が聴いたのは3回目。何度も高座に掛けることで、噺が整っていくと同時に、新しい演出も入ったりして、その過程を楽しめるのも嬉しい。駄菓子のサイコロキャラメルやボンタン飴、オムライスのチキンライスとケッチャプライス、天ぷらそばの海老天と掻き揚げ。そして、サリンジャーの「ライ麦畑でつかまえて」。二人の会話に沿って、カフェのマスターがサービスを提供するのが、ファンタジーと前に書いたけど、ミステリーでもあるなあ。
兼好師匠はお得意なネタ。喜瀬川花魁が杢兵衛大尽をどれだけ嫌っているか。真っ裸になって、毛虫の上を寝転がる方がまだまし、というのが可笑しい。薄々、杢兵衛大尽も嫌われていることは判っていて、二人の間で悪戦苦闘している喜助を弄んでいる節も感じる。純朴な田舎者と侮ることなかれ、という印象を強く持った。