「帰ってきたマイ・ブラザー」、そして擬古典落語の夕べ 吉笑スペシャル

世田谷パブリックシアターで「帰ってきたマイ・ブラザー」を観ました。面白い!これぞ、お芝居!というわかりやすい内容で、1時間35分休憩なし、アッという間に過ぎた極上の時間だった。

水谷豊、段田安則、高橋克美、堤真一が四兄弟、マネージャー役に寺脇康文、脇を峯村リエ、池谷のぶえが固めるという豪華キャスト、作・マギー、演出・小林顕作という布陣がお客さんを全く飽きさせない。

プログラムの【STORY】の冒頭だけを抜粋すると…。

ここは神奈川県の浦賀。とあるホールのリハーサル室に、伝説のグループ<ブラザー4>がやって来た。かつて大ヒット曲を放ちながら、あっという間に表舞台から消え去った4人兄弟のコーラスグループだ。4人が揃って顔を合わせるのは、実に40年ぶり。たった2年半しか活動していなかった彼らの歌が、令和の時代にひょんなことからSNSで人気になっているらしい。再結成を望む熱烈なファンの声に後押しされ、40年越しの復活コンサートが今夜、開かれることになったのだ。(以下、略)

作者のマギー氏によれば、プロデューサーから「四兄弟・コーラスグループ・楽屋」というお題をもらい、落語の即興三題噺よろしく、アイデアがポンポン浮かんで筆が進んだそうだ。マギー氏がプログラムに寄せた文章を一部抜粋。

ひとりでソフビ人形を戦わせながら頭の中で物語を創ってた子どもの頃のように、時が経つのを忘れて没頭できた。(中略)だからもう筆が走った走った。ずっと半笑いで走った走った。ランナーズハイならぬ、ライターズハイ。あー楽しかった。(以下、略)

伝説のコーラスグループ40年ぶり復活というけれど、裏事情はちょっと複雑で、四兄弟の思いも当然違っていて、その上SNSで人気になったと言っても、世の中そう単純にはいかないわけで、そんなこんなで大小様々なハプニングを乗り越えていく彼らの姿が僕らのようなオッサン世代には堪らない。

だけど、最終的にはハッピーエンドで、大観衆の前で兄弟仲良く、デビュー曲「My Brother」を歌いあげたときには、拍手喝采。全体的にはコメディーなんだけど、ラストではウルッとしちゃう。40年前の歌詞のはずが、今を生きる僕たちの応援歌にもなっている。

照れ臭いけど 今 はじめてゆうぞ 君の声 しんじてはしろう 四男坊 三男坊 次男坊 長男坊 並んで せーので GO

今、僕は妹と弟との間で人間関係がぎくしゃくしている。子どもの頃は喧嘩しても、次の日にはケロッと仲良く遊んだものだけど、それぞれに家庭を持つとそんな単純に付き合えない複雑な事情をそれぞれが抱えている。だからこそ、この芝居が余計に心に沁みたのかもしれない。

夜は深川に移動して、「擬古典落語の夕べ~吉笑スペシャル」に行きました。立川吉笑さんの擬古典作品を他の噺家に演じてもらおうという企画だが、想像以上に面白かった。吉笑作品はいわゆる吉笑的なるもの、というか、独特のワールドがあるから、それをどう自分の噺にするか、楽しみにしていたが、皆さんプロフェッショナルだ。吉笑さんの台本をベースにして、自分のアレンジ、自分のカラーで染めている。流石である。

「ぞおん」桂九ノ一

番頭さんがいわゆる“ゾーン”に入ってしまったときの表現、これがまず面白い!吉笑さんも勿論面白いけど、九ノ一さんらしい若さ溢れるパワフルな表現に度肝を抜かれた。そして、新入りの丁稚の定吉が、そのゾーンの間隙を縫って番頭さんが伝えようとしていることを次第に読み取れるようになるテクニックを身に付ける様子がまた楽しい!

「粗粗茶」柳家三三

いやあ、三三師匠の新作落語への適応力をまたしても見せつけられた。これまで幾つもの白鳥作品を手掛けているだけあって、そのアレンジ能力の素晴らしさに改めて感心した。特に御御籤から、御御御付へいって、その後のシェイクスピア「オミオとジュリエット」、コロナ対策の分科会の「オミ会長」、こう書くと稚拙な駄洒落に感じるかもしれないが、噺の中に組み込まれるとこの遊び心が一級品になる。後半の膨らませ方に一日の長を感じた。

「ぷるぷる」昔昔亭昇

吉笑さんが去年、NHK新人落語大賞を獲った作品だけに、注目されたが、あの唇を使う独特の発声を完全に自分のものにしただけでなく、棟梁に「大工調べ」の啖呵を、あのぷるぷるで切らせるという荒技に挑んで喝采を浴びていたのは、昇さんの創作意欲の強さの表れ以外の何物でもない。あっぱれ!

「一人相撲」桂雀太

吉笑さんが上方の商家を舞台に描いた傑作だけに、以前から雀太さんに演じてもらいたかったそうだ。その期待を大きく上回る出来栄えだった。番頭が江戸に派遣した人間が一人も上手に千秋楽結びの一番の様子を伝えられない、そのバカバカしさは、どこか上方落語のユーモアにぴったりはまるような気がしたのは、気のせいだろうか。

「きき」(「ぶるぷる」リミックス)立川吉笑

吉笑さんが、「本当は『小人十九』を無難に演ろうと思っていたが、4人の奮闘を観ていて、自分も何か挑戦しなきゃいけないと思った」と、攻めてきた。人形を遣わない、独特の腹話術をする江戸の男が、上方で売れて、それに嫉妬した上方の腹話術師たちが嫌がらせをするが…。落語「ぷるぷる」由来の一席となる手腕、流石。今年の真打計画から益々目が離せない。